良かった、聞かれてなかったみたい。
否定はしておいたけれど、ああいう話は気持ちのいいものじゃないから、耳に入らない方がいいに決まっている。


「ううん。何もないよ」

「え? えっと、遠慮しなくても大丈夫だよ?」

「大丈夫だって。ほら、飲み物買いに行くんでしょ」


狼谷くんが言いつつ階段を降りていく。

私は訳が分からなくて、ひたすらに疑問だった。
買うものがないならどうして降りてきたんだろう?


「羊ちゃんは何が好きなの」

「うーんと、イチゴミルクが好きだよ」

「ああ、あれね。俺も好き」


前に狼谷くんが紙パックのイチゴミルクを飲んでいるところを見かけたことがある。
可愛いものを飲むんだなと思ったから、覚えていた。


「九栗さんと霧島くん、大丈夫そう?」

「ああ……まあ、大丈夫なんじゃない?」


彼にしては適当な返事に、困惑してしまう。
やっぱり無理をさせてしまって疲れたんだろうか。


「我儘言ってごめんね……ありがとう」


そう伝えると、狼谷くんは虚をつかれたように目を点にして、穏やかな笑顔を浮かべた。
今日はまだ彼が笑っているのを見ていなかったから、ようやく笑ってくれて安心する。


「えへへ、狼谷くん笑ったねえ」


つられてだらしなく頬を緩めた私に、狼谷くんは「羊ちゃんのせいだよ」と愉しそうに私の肩を小突いた。