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「真紀ちゃん、美味しい?」


 私の目の前で、ニッコリと優しく微笑む静香さん。

 あの日の事などまるで何もなかったかのように、普段通りに戻った静香さん。
 私はといえば、あの時見た静香さんの姿が忘れられずに、どう接すればよいのかわからなくなっていた。


(早く貯金を貯めて、一人暮らししなくちゃ。それまでは、極力静香さんと関わらずにすればいいだけだし……)


 数日前に香澄に相談した私は、その時からそう考えるようになっていた。
 けれど、夕飯だけはどうしても避けられない。私の為にわざわざ静香さんが作ってくれているのだし、今まで一緒に食べていたのに突然それを辞めたら明らかに不自然だ。


「……はい。凄く美味しいです」

「良かった。今日のスペアリブは、自信作なのよ」


 私の為に料理を作り、私が美味しいと言えば嬉しそうな顔をする静香さん。そんな姿を前に、チクリと胸が痛む。


(こんなに、いい人なのに……)


 そんな静香さんのことを少し怖いと感じてしまっている私は、一方的に避けてしまっているのだ。
 今、こうして目の前で微笑んでいる静香さんを見ていると、何故、こんなにも優しい笑顔を見せる静香さんのことを怖がっているのかと、自分でもよくわからなくなってくる。

 罪悪感にそっと目を伏せると、目の前にいる静香さんが口を開いた。


「真紀ちゃん? ……やっぱり、口に合わなかったかしら?」

「あっ……、いえ! とっても美味しいです!」


 心配そうに私の顔を覗き込む静香さんを見て、慌てて顔を上げると小さく微笑む。
 その言葉は勿論嘘などではなく、確かにとても美味しいのだ。


(……暗い顔を見せちゃ、ダメだよね)


 そう思った私は、ニッコリと笑うとお皿に盛られたスペアリブに手を伸ばした。

 突き出た骨を掴んで美味しそうに肉汁を垂らす肉にかぶりつけば、口の中一杯に香ばしい香りが充満する。そのまま少し弾力のある肉を骨から剥がすと、私は口の中に入った肉の味を充分に堪能してから、ゴクリと喉を鳴らして飲み込んだのだった。