「この間は悪かった」
「え?」

 弾かれたように祥真を見上げると、彼の聡明な瞳に自分が映し出されていた。
 それだけのことなのに、月穂はどうしようもなくうれしくなる。

「仕事中の大和さんはなんでも肯定する雰囲気で、なんかつまらなくなって。つい酷い態度を取ったと思うから」

 月穂は急に謝られて動揺する。祥真が言ったことを頭の中で繰り返したときに、ふと気づいた。

「私の名前……覚えてくれたんですね」

 祥真が自分の名前を口にしてくれたことが、素直にうれしい。

 仕事で例えるなら、時間をかけてカウンセリングをしていた相手が心を開いてくれたときのような心境だった。馴れ合いが好きではなさそうな祥真だから余計だ。

 月穂の指摘に、祥真は一瞬目を見開き、すぐに顔を背ける。

「名前だけじゃなく、無鉄砲なとこも覚えてるよ」

 彼がぼそっと答えたことは、身に覚えがありすぎて肩を窄める。

「す、すみません……」

 月穂が内心ひやひやとしていると、ホームに次の電車の知らせが鳴り響く。

(そりゃあ、海外で迷惑かけて、そのあと合コンで再会して、偶然とはいえ職場にも現れた直後、また助けられたら嫌でも印象付くよね)

 祥真が自分の名前を覚えていたのは、興味があるからではない。
 うっかり勘違いして喜んでしまった自分が恥ずかしい。

 月穂は気まずさをごまかすかのように、そわそわと電車がやってくる方向に顔を向けた。
 穴があったら入りたいという気持ちでいるとき、祥真が口を開く。

「正直ちょっと羨ましい。俺は仕事柄もあって、確認に確認を重ねるから。プライベートくらいは衝動のまま動いてみたい」

 月穂は思わぬ発言に唖然としてしまう。数秒置いて、たどたどしく聞き返す。