夕方になり、一日の仕事も一段落する。
 自分の席に戻った月穂は、デスクの上に本やファイルなど積み上げ、忙しく動いていた。

「大和さーん。昨日は……あれ? その荷物どうするんですか? まさか退社するとか言いませんよね?」

 そこにやってきた乃々は、長い睫毛を瞬かせ、月穂のデスクをジロジロと見る。

「ああ、違うんです。明日から少しの間、変則的な仕事になりそうなので」
「変則的?」

 間髪容れずに返されて、月穂は一瞬答えるのを躊躇った。しかし、乃々のジトッとした目から逃れる方法もなく、ぼそぼそと言う。

「……はい。出張カウンセリングと言いますか」

 声が尻すぼみしてしまうのは、彼女に対して苦手意識を持っていることのほかに、今後、昨日の合コンで乃々が気に入っていそうな祥真の職場に行くことになったからだ。

「出張? え? どこに行くんですか? 病院? 学校? 福祉施設?」

 月穂はすごい勢いで詰め寄られ、思わず後退ると、おずおずと口を開いた。

「い……一般企業です」
「一般企業?」

 訝しい顔をする乃々に、なんだかぞわぞわとした。

 昨夜もうすでに、UALの夕貴たちと連絡先を交換しているだろう。そうだとすれば、後々彼らのうちだれかから、自分がカウンセラーとして出入りしている情報が入る可能性もある。
 そっちのほうが、今よりも面倒なことになりそうだと考えた。
 
 月穂は乃々と向き合うと、ひと呼吸おいて口にした。

「航空会社UALです」