「初めてカウンセリングしたときのこと、覚えてるか?」

 静かに睫毛を伏せ、穏やかな面持ちで言った。

「俺はあのとき、君に偉そうなことを言った。『俺は何百人もの命を預かっているんだ』と。でもそれは、そういう立場にある自分に対しての驕りで、あんなふうに口にするべきことじゃなかった」

 今ではもう遠い昔のように思えた。

 祥真が初めてカウンセリングルームへやってきた日のことだ。

 もちろん、月穂も忘れてはいない。
 が、あのときの祥真は、今目の前にいる彼とは別人のよう。ちょっと尖っていて、まったく懐かない野良犬のような感じ。

 それでも月穂は、祥真に嫌悪感を抱くことは一度もなかった。
 やはり、ロスで初めて出会ったときから、彼に惹かれていたのだと思う。

 月穂は心地のいい鼓動を感じながら、祥真の落ち着く声音に酔いしれる。

「いつの間にか自分は特別だと思い込んでいた証拠だ。でも、君といてどんな人間だって評価されるべきだということに気付くことができた」

 月穂が瞼を下ろすと同時に、祥真は身体の距離を取った。艶やかな黒髪を滑り、頬まで落とすと手のひらを添えた。
 月穂の瞳を覗き込む。

「カウンセラーだって人の命を預かり、救うことすらできる。現に、俺は君がいたから、絶対に無事に着陸するって気を強く持てた」
「それも隼さんの元々の力ですよ。確かに、私自身カウンセラーに助けられた人間ですけど、私はまだそこまで……」
「そんなことないだろう」
「え?」

 苦笑していた月穂の表情が固まる。