「すごくうれしかったから」

 廊下のモダンな間接照明をバックにしている祥真を見つめる。
 壁の柔らかな灯りで、いっそう彼の微笑みが柔和に感じられた。

 ぽかんと立ち尽くしていると、祥真は月穂の背に手を添える。

「平気? もう一度抱き上げようか」
「いっ、いえ」

 元々、祥真は優しい。
 それは出会ったときから感じていたが、今の彼は少し違う。

 今までの祥真の優しさは、ちょっとわかりづらかったり、ぶっきらぼうだったり。言葉も行動も、ちょっと不器用な表現だった。

 それが、今はすべてがストレートに感じられる。

 リビングに入るとソファに促され、そっと腰を下ろす。

 祥真は脱いだジャケットを、ダイニングチェアにバサッとかけた。それからゆっくりと月穂の前にやってきて片膝をつき、さながらシンデレラの王子様のように、月穂の右足に手を伸ばす。

 祥真の旋毛を見ながら、今日の彼の言動を思い返して頬を赤らめた。

「これ、いったいどうした?」

 こんなふうに下からジッと見上げられることなど、ほとんどなかった。
 些細なことにもドキリとしてしまう。

「か、階段から落ちて」
「いつ?」
「金曜日の夜に……。でも、全部言い訳です。本当にごめんなさい」

 月穂は深く頭を下げたまま、顔を戻せなかった。

 謝るだけではなく、もっと別の言葉を使って自分の心の中を相手にぶつけたらいい。
 金曜日のことも、色々な事情が織り交ざった結果だったのだ、と多少弁解してもいいだろう。

 でも、月穂にはそれができない。

 今まで、誰かと深く関わろうとしなかったし、自分をわかってもらおうと本気で努力をしなかった。

 謝るのが精いっぱい。自分の感情を表現し、相手に理解してもらう術がない。