「すみません」

 消え入る声は、祥真の耳に届いていない。

「俺が早く帰宅していたら、すぐに助けてやれたのにな」
「すみません……!」

 今度は祥真にもはっきりと聞こえたようで、月穂を見下ろすなり目を白黒させた。

「いや。今のは俺が謝るところ……」
「私が勝手にここへ来たせいで、こんな大変なことをさせてしまってすみません」

 月穂の胸の内には、祥真に対し『ごめんなさい』という気持ちがたくさんある。

 とにかく思いつくまま、月穂は謝り続ける。

「いつも迷惑かけて助けてもらってばかりなのに、なにも返せずにすみません……この間、ずっと待っていてくれたのに、会いに行くことを諦めてしまってごめんなさい」
「ストップ」

 すると、祥真は一度足を止め、口を月穂の前髪に触れるくらい近づけて制止した。
 月穂が硬直して黙ったら、再び歩き出す。

「まず、俺の予想だけど、あの日は足を怪我してたうえ夕貴に捕まってどうしようもなかった……って理由じゃないのか?」

 大人な状況分析に、月穂は内心ほっとした。しかし、後ろめたい気持ちは消えない。

「だけど……櫻田さんには、きちんとお話しなければならなかったのは確かだったんです。だから……」

 ぼそぼそと返すと、抱えあげられていた身体が、グン、と勢いよく空を切った。

 祥真は最後の二段を一気に上り終え、階段から廊下へ出る。
 磨かれたフロアを闊歩しながら、淡々と口にした。

「そう。わかった。でも、今日ここへ来たことは謝る必要はない」
「え?」

 部屋の前で止まり、月穂は丁寧に地に下ろされた。
 祥真がポケットから出したキーをかざし、ドアを開けて月穂を振り返る。