顔を上げたのは、決して、授業を聞かなければなんていう真面目な考えからではなかった。
カサリ、と何かが指に触れた。
その頃の私達は授業中に会話をする手段のひとつとして“手紙”を使っていて、指に触れたのもきっとそれだろうと想像がついた。
私の名前が書かれたそのメモ用紙に、思わず目を見開いた。
彼ともめ出してから友達は遠巻きに私を見るし、話さないわけではないけれど特別親しい友人がいるわけでもなかったから。
だから自分の名前が書かれた手紙を書いたくれたことも、ここまで繋いでくれたことにも無償に心が救われた。
中学3年間も、高校もここまで違うクラスだったのに、まさか最後の1年で同じクラスになるなんてね。
“大丈夫か?”
ぶっきらぼうにそれだけが書かれていた手紙に、“全然平気だ、コノヤロー”と、心の中で返事をした。
手紙の主はまるで自分が書いたんじゃないという具合に、興味無さそうにそっぽを向いていたけど、優が書いたなんてわかってる。
こんな手紙を寄越すくらいなら心配そうに見るくらいの芸当ができないものかと頬が緩んだ。
その手紙を筆箱にしまい、新しいメモ紙を取り出す。
“ありがとう。大丈夫。”
返事を書いて回してもらうと、優は訝しそうに私を見る。
だから私はにこりと微笑んでようやく授業を進める先生の後ろ姿を見つめた。
うつ向いている間に黒板は何度か書き替えられたらしく、筆圧強めに書かれた文字の後ろが少し白く曇っていた。



