私たちは大人になった


その日もいつものように、彼は教室にやって来た。

優しいと思っていたはずの人は、楽しかったあの時間は、どこにいってしまったのだろうかと何度となく思った。
教室や昇降口には人がいるから、特に何をされるわけでもない。
別れたいというのは考えてみれば私の勝手な言い分で、きちんと話し合わないとと思えばこそ教室から逃げずに彼と対峙してきた。
震える手を抑えながら、私に差し伸べられたその手を払い言葉を紡ぐ。

『ごめんなさい、何度も言うけれど、あなたと別れたい。友達以上にはなれなかった』
『大丈夫だよ。一緒にいればどれだけ好きあってるか分かる。だから、絶対に別れない』

何度も繰り返されたやり取りにはクラスメイトも辟易していて、初めこそ野次馬なのか出歯亀なのか興味津々と言わんばかりだったけど最近はもうお馴染みの光景として馴染んでいるようだ。

『他に好きなやつができたのか?』
『そいつともう付き合ってるのか?』
『俺のことをバカにしてるんだろう』
『絶対に別れないからな』

チャイムが鳴り、先生が入ってくれば大人しく自分の教室に帰っていくけれど、噛み合わない優しい言葉と、身に覚えの無いことで責められ、私もそろそろ限界だった。
泣いてはいけない、奥歯を噛み締めてそれでも混み上がってくるものを押さえきれずに、授業が始まっていると言うのに机に突っ伏して肩を震わせた。