「……帰るの?」

そっと抜け出したつもりだったのに、投げかけられた声に肩がびくりと震えた。
それと気取られないようにつとめて冷静に、なんでもない風を装う。
いつから起きていたのだろうか。

「帰るよ。もうすぐ帰ってくるし」
「いつもそれだよね」
「仕方がないじゃない?」
「バレバレだと思うんだけど」
「……それでもね」
「そうやってはぐらかして、一度も泊まっていったこと、ないよね」

答えを求めない寂しそうな言葉に、私は沈黙で返すと、小さなため息が聞こえた。
ごそごそと優(すぐる)は寝返りをうって私に背を向けた。
こちらを見ているわけでもないのに、その視線が私を捉えているようでいたたまれない。
音を立てないようにベッドから抜け出すと、背中にまとわりつく空気を払うように、落としたままだった服を身に纏っていった。
全ての服を着て、もう一度優を見つめると、私の時間は一瞬、止まる。

“この一瞬が、永遠だったら”

陳腐な物言いと思いつつ、そう思ったことは一度や二度ではない。
昔から広く共感するからこそ多くの人が使い、古ぼけて、陳腐と言われるのだろう。
けれどそこにある物語はどれをとっても同じではない。
だから私が感じるこの歯痒さは、私だけのものだ。

『おやすみ、またね』

心で呟いて、今度こそ優の気配を振り払って踏み出した。