「麗ちゃんは、優しいね」


椎先輩はまた私を抱きしめる。


「でも、今度は絶対に守るから」


意志の強いその言葉が、一体どういう意味なのか分からなくて顔を上げる。

すると椎先輩は憂いを帯びた悲しい笑顔をしていた。


「先輩…?」


けれど先輩は「さ、ここにいたら風邪を引く」と話を切り替えるように立ち上がった。


「そ、そうですね…」


先輩はいつも私にいろんなことを教えてくれる。

でも先輩のことだけはきっと教えてくれない。

この先もきっと。


立ち入れない、壁がある。


その壁をいつか越えられる日が来るのかな。



「麗ちゃん?」


先輩が不思議そうな顔をする。

私は首を横に振って笑った。



「…いえ、何でも」



きっと言いたくないことは、聞かない。

先輩がそうしてくれたみたいに。


お互いの見せたくない部分は見ないふりをして、そうやって甘味だけを楽しむの。


苦味も辛味も、今はいらない。

この温もりだけで、いい。



それから私達は保健室で着替えを借りた。

養護の先生は察したのか何も言わずに予備の体操服を貸してくれて、ドライヤーも使わせてくれた。

体育館に戻る途中、先輩は温かいココアを奢ってくれた。


苦味なんてない、甘ったるいだけのココアを。