『さてさて。お嬢さん?そんな所で縮こまっていたら、始まらない』
「これは夢か何かでしょう。それとも幻覚?妄想?」
『失礼ながら、お嬢さん。妄想や幻覚という言葉はそちらの国の医療用語だ。君は今、精神的に殺られてるかもしれないが、安心しな。そこまでじゃあ、ない』
ついに、会話してしまったと小さく笑って目を開けた。
そっと差し出されていたスラリとした手を見つめながら、恐る恐るその手に自ら触れた。
するとくいっとその手を引っ張られたかと思えば、そのまま立ち上がった。
思ったよりも男の背丈は大きい。
全身真っ黒なローブに包まれて、その顔は仮面で隠すなど、怪しさ満載だ。
それでも不思議と恐怖心もなく、なぜか安心感に似た何かがある。
こんなのおかしいと思うものの、心は正直だ。
『それでは遅くなりましたが、初めましてお嬢さん。我が名は、ノワール。ここから180度と太陽三周の方向。いざこざと赤ん坊の鳴き声の響く所からやって来た。以後お見知りおきを』
訳の分からない自己紹介をし終えると、胸に手を当て綺麗に礼をしてみせた。
どこかのサーカスか何かの道化師のようだ。
聞きなれない名前は、職業名か何かか。
指をパチリと鳴らしたかと思えば、何かが弾けるようなそんな変な音があちこちから響き渡る。



