「忘れられない恋なんてさ、一生に1度くらいしかねぇんじゃねぇ?」
ぶらぶらと歩く帰り道。
樹が流れる雲を見ながらぽつりと言った。
「確かにそこまで好きになれる相手って、よっぽどだしね」
「人間って大抵の事なら忘れられるらしいじゃん。忘れるっつぅか、乗り越えられるらしいからな。
それでも、思い出にできなくてずっと好きでいるってすげぇかもな」
「……じゃあやればいいのに」
あたしの言葉に、樹が呆れて笑う。
「しようと思ってできるもんでもないだろ。本当に瑞希はお子様……」
「違うよ。……陸上の事言ってんの」
あたしの言葉の真意を知った樹は少し不機嫌になって、あたしから視線を逸らす。
その視線を追うと、やっぱり流れる雲があって……あたしもその様子を眺めた。
「今更、だろ」
「忘れられないくらいなら思い出になんかしねぇ。……誰かが言ってたんだけど誰だっけなぁ」
「だってオレもう入賞できるかどうかさえ自信ねぇし」
「別に入賞なんかしなくたっていいじゃん。
樹は走るのが好きだから走ってたんでしょ? あんなメダルが欲しいから走ってた訳じゃないでしょ?」
あたしが言うと、樹は少しぼーっとして……それから笑った。
「おまえさ、人の事になると強気だよな。
自分だってそんな説教できる立場じゃねぇくせに」
「だって見ててイライラするんだもん。好きなくせに、始めようとすればすぐできるくせに何もしないなんて甘ったれてるよ」
「……オレなんで16の小娘なんかに背中押されてんだろ。しかもどうしょうもねぇブラコンで家出中」
「うるさいよっ……あたしだって、ちゃんとするもん」
冬の短い夕焼け空を、雲が流れる。
オレンジ色と紫色の中間色。
こんな風に、空を見ているだけで満足してしまうあたしの心は、よっぽど疲れていたのかもしれない。
すさんでいたのかもしれない。
……捻くれていたのかもしれない。
もっとあたしが素直な可愛い女の子ならよかった。
そうすれば、こんな時、樹にきちんと想いを伝えられたのかもしれない。
約束を破ってでも、告白できていたのかもしれない。
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