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2009年8月3日。メイ達が凪瀬高校に入学する前。その日は夏休みの最中だった。外は雨が降りしきり、肌寒い日だ。


閑散とした教室で二人は向き合っていた。教室の窓は雨でガタガタと揺れている。


「……本当にやるのか? 魅郷(ミサト)」


25歳の新人教師、高橋生摩(タカハシイクマ)は魅郷と呼ばれる生徒に言った。魅郷は白髪混じりの長いセンターパートの髪型で、少しやつれた細い顔をしていた。


「はい、おそらくこれで最後です」


魅郷は普段通りの無表情な顔で淡々と答えた。真っ暗で黒い瞳だ。


魅郷は今、喰イ喰イにたった一人で挑もうとしていた。それが命を捨てるような危険な行為であることを、生摩はよく分かっていた。


「何でおまえはそこまでして……自分を犠牲にしてまであいつを止めたいんだ?」


生摩は不安げに尋ねた。そんな生摩に魅郷は静かに近づいて彼の頭を掴むと、ワックスで固められた髪をゴシゴシと触った。


「もちろん、許せないから……です…」


生摩は魅郷の瞳を食い入るように見つめた。そうしているうちに、生摩の顔は徐々に赤く染まった。


「人間の生に、悲劇のシナリオなんてありえないんです。人間は……究極的には自由な存在のはずですから。それをあいつはあたかも自分が神のように弄んで楽しんでいる。私にはそれがどうしても許せないんです……」