週末の夜、藤井さんがセッティングしたお店は、
 お洒落なイタリアンレストラン。

「さすが営業三課ね~、よく分かってる」

 うんうんと、何度もうなずく里沙さんに、美来も同調する。

「いや、本当によかったです」

 私は、さっきから胸のドキドキが止まらない。
 本当にあの人が、私の初恋の人なのかな、もしかして、そっくりさんとか?

「今日の主役は、奈々ちゃんと藤井さんですからね」

「もちろんです、先輩」

「本日の写真検証会には、同じ営業三課の方を連れてきてくださるそうですよ」

「了解です。飲み過ぎには注意します!」

 時間通りに現れた藤井さんは、連れてきた仲間を簡単に私たちに紹介すると、
 店の中に入っていった。

 『紳士』という言葉が、これほど似合う男の人を見たことがない、
 と、思わせるくらいには、彼らはとても紳士的だった。
 三対三で座った席は、ごくごく自然な流れで、
 私と藤井さんが隣になるように配慮されている。

 乾杯、そして尽きることのないおしゃべり、おいしい料理と、甘いお酒。
 場は盛り上がり、すっかり酔いが回ってきた頃になって、
 ようやく藤井さんは、本題を切り出した。

「この写真ね」

 ほんのりと赤らんだ頬で、椅子の背に、体を預けた内ポケットから、
 一枚の写真を取り出す。
 私の、大切な思い出。

「いつの写真か、覚えてる?」

「確か、うちの実家の庭で、小学校の……、二、三年生、ぐらいだったかな」

 小さなビニールプールで、はしゃぐ二人の姿は、
 それだけでキラキラ輝いている。

「うん、そうだったね」

「覚えてます?」

「覚えてるよ」

 私はちょっと、申し訳ない気持ちになる。
 里沙さんや美来が気づいても、私はすぐに、気がつけなかった。

「懐かしいね」

 藤井さんは、写真の男の子を指さした。

「これは、僕の弟」

「えっ?」

「こんなところで、弟に会えるなんて、思わなかった」

 藤井さんの見つめる視線の先は、私ではなく、少年の方に向けられている。

「弟の写っている写真が少なくて、こんな形で見られるなんて、思いもしなかったよ」

「あの、弟さんの、お名前は?」

「颯太、藤井颯太」

 頭の奥が、ズキリと痛む。私の中で、何かが繋がる。
 そうだ、思い出した。写真の中の、彼の名前は『将樹』じゃない、『颯太』だ。

「本当は、返さないといけないんだけどな、この写真」

 彼の指先が、少年の上を滑る。

「もらってもいいかな。きっと、うちの母さんも喜ぶから」

「あの、弟さんって」

「覚えてないの?」

 彼は、くすっと笑った。頭の奥が痛む。
 これは、お酒のせいだけじゃない。

「今度さ、一緒に、デートしない?」

 突然の申し出に、驚いて、顔を上げた私に、
 彼はにっこりと笑って言った。

「弟に、会いに」

 私は、黙ってうなずいた。