古い大切な記憶って、誰にでもあると思う。
 私こと畑岡奈々、二十一歳にも、大切な記憶がある。

「ねぇ、この箱、何が入ってんの?」

 高卒で就職した結構大きめの会社、その本社ビルの受付嬢仲間が集まって、
 1DKの我が家で家飲み女子会。

「それは、老後の楽しみ」

「は? 今から老後の楽しみってなによ」

 そう言って、同僚の高井美来が笑った。

「開けていい?」

「いいよ」

 寝転がったまま、半分寝ていた先輩受付嬢の大塚里沙まで起き上がって、
 美来と一緒に古びたみかん箱に手をかける。

「なんで老後の楽しみ?」

「老後に、思い出を整理するの」

 中に入っているのは、大量の、未整理の写真たち。

「うわ、なにこれ!」

「かわいい~」

 まだデジカメがなかった頃の、幼い私の写真。
 小学校や、中学校で撮影された、学校行事のスナップ写真の数々。
 それらが、未整理のまま、まとめて段ボール箱に入れられ、封印されている。

「ちゃんと整理、すればいいのに」

「自分でやれって、一人暮らし始める時に、親に渡されたんだ」

 美来と里沙さんの二人は、大量の写真を夢中で漁り始めたので、
 私は缶に残ったさくらんぼのチューハイを一口飲んだ。

「ねぇ、これ誰?」

 美来が、一枚の写真を指さす。
 そこに写っていたのは、小学生の頃の、私と男の子。

「あぁ、これね、近所の幼なじみだった、男の子」

 手をつないで、見つめあい、大きな顔で笑っている連続写真の数々は、
 確かに、他の写真と比べて、少し異質な存在だった。

「ねぇねぇ、これってもしかして?」

 美来が、いたずらな笑顔を向ける。

「初恋の人です」

「あはは、当たり~!」

「ねぇねぇ、名前は? なんていう人?」

 頭の奥がズキリと痛む、ちょっと飲み過ぎたかな。

「えぇ~っと、確か、ふじ、い、藤井……」

 下の名前が出てこない。

「あぁ、ちょっと待って、今、思い出すから」

 なぜだろう、ちゃんと覚えているはずなのに、
 こういう時には、とっさに出てこない。
 二年先輩の、里沙さんまでが、眉間に拳を押し当てて、うなっている。

「うう~ん、ちょっと待って、私も今、思い出すから」

「どうしたんですか?」

 里沙さんは、ひたすら脳内にインプットされた、
 顔写真付きの名刺ホルダーを、高速で検索している。

「あぁ、分かった!」

 里沙さんは、私と一緒に写った、初恋の男の子を指差した。

「営業三課の、藤井さん!」

「えぇ?」

 里沙さんの言葉に、私と美来は、思わず身を乗り出して、写真をのぞき込む。

「ほら、背の高い、けっこうイケメンの」

「あぁ! なるほど!」

 美来は、ぽんと手を打った。

「うん! 確かに似てる!」

 里沙さんは、満足げにサキイカをつまみあげた。

「絶対そうだよ、大人になったから、ちょっと顔が変わってるけど、
 営業三課の藤井将樹さんにそっくり!」

「ですよねぇ!」

 私は、その営業三課の藤井さんの顔が思い出せない。
 受付嬢として、失格だ。

「えぇっと、そうでしたっけ?」

「間違いない!」

「先輩、これは絶好のチャンスなんじゃないんですか?」

「もしかして?」

「運命の出会いって奴?」

「ウケル~!」

 二人は勝手に盛り上がって、なにやら悪だくみの計画が始まったもよう。
 盛大に酔っ払って、大騒ぎしてから、ようやく帰っていった。