「あれ、王子?」

ホームに並んでいるときに大野さんが聞いてくる。

私もそうであって欲しくないと思うけど、本人だと思う。

「一緒に電車に乗ってるのか?」

その質問にはどう答えていいのかわからなかった。
たった三日一緒に乗ったというだけで、今日は違ったかもしれない。
現に末岡さんは今日は早めの電車だった。

一人だけ勘違いしてました…

なんて大野さんに言えるわけなかった。

大野さんはそれ以上は聞いてこなかった。

とても長い時間に感じたけど本当はすぐだったのかもしれない、42分の電車が来た。

私と大野さんは人の流れにまかせて乗り込む。

「何この混み方」

大野さんが絶句している。

「これが庶民の乗り物ですよ」

小声で教えた。
大野さんは睨んでいるようだったけどスルーした。

駅に止まるたびに増える人々。
意外と7両目は多いんだと、私の頭の中のメモに追加記入しといた。

私は今や大野さんの胸に顔をうずめているような状態。

大野さんは片手はつり革、もう片方の手は鞄を持ちながら私の横にある。

カーブの途中で電車が止まった。
東西線にはよくある電車の渋滞。
前の駅にいる電車が進まないと後続の電車も動けない。

必死に足を踏ん張っているけど、後ろからの圧力で仕方なく大野さんの胸に密着している。
大野さんもつり革はもう限界だったようで、今は両手で私を受け止めている状態。

昨夜のことがイヤでも思い出される。
意識するなと言う方が無理だ。
首筋にかかった熱い息まで……

「おい。大丈夫か?」

頭上から声がする。

「大丈夫です」

私も上を見上げた。

大野さんと目が合う。
二重の目が心配そうに揺れている。

ふと外された視線。

なんだか捨てられたような気がした。
ワイシャツに口紅でもつけてやろうか…


前の車両も傾いたまま止まっているのだろうか?