昨夜の絶望的な景色を思い出して体が固まる。
もう大野さんの顔も見られない。

シンさんの腕に力が入って、私を抱きかかえるようにして歩き出す。
足なんて動かないのに容赦ない。

またあの部屋に戻るのだろうか……

「待ってください。末岡さん」

呼び止めたのは、大野さん。

「どういうことですか?」
「……」
「佐々木。俺は何も聞いてない」

大野さん……
できるなら、下田に戻りたい。
あの時なら、真っ直ぐあなたに向かえたのに、一日で世界は変わってしまった。

「何故おまえに言わなきゃいけない」

シンさんが応える。

「子供ってなんだよ」

大野さんの切ない声に胸が締め付けられて、甘えてしまいたくなる。

「おまえには関係ないだろ」
「佐々木と話をさせてください」

大野さんが声を荒げるから、シンさんが立ち止まった。

「話すことはないだろう。妊娠して体調が悪いから仕事を辞めます。それだけだ!」

冷たいシンさんの声が、この場を支配した。

大野さんはもう何も言わなかった。

シンさんも再び私の腕を引き歩き始めた。

否定も抵抗もしなかった私を大野さんはどう思ったんだろう。

顔をあげると私から視線を逸らしている大野さんがいた。

声も届く距離なのに、何も言えないし、視線を交わすこともできない。


それが答えだったんだ。

これが本当の私達の関係だったんだ。