もう誰の姿も見えない入口を見ていた。
誰かが、せめて大野さんだけでも戻ってきてくれないかと期待しながら。

だから一瞬気付くのが遅かった。
右腕に人の気配を感じてそっちを見ると、伊藤チーフがニヤニヤしている。

「何、今の」
「え……」

今度は左腕に人の気配が、

「あとから連絡する、だって」

麻紀さんが嬉しそうな顔をしている。

逃げなきゃ。
本能がそう言ってる。
なのに、左右の腕をチーフと麻紀さんにとられた。

「佐々木。ちょっとミーティングルームまでおいでー」
「いえ、あ、仕事が…」
「えー。ずっと3課の方にいたでしょ?聞きたいことがあるの」
ニッコリ微笑むチーフと麻紀さん。

実際、この二人、仲良いんじゃないの?

強引にミーティングルームの椅子に座らされると、
「まず誰なの?」
「どんな関係?」
「いつから?」
質問が次々に襲ってくる。

いつのまにかミーティングルームには沙也香ちゃんはもちろん、主任や課長まで入っていた。

なんで、あなたたちまでいるんですか?

これでは勝ち目はないから、仕方なく電車で倒れて助けてもらったときの話をした。

「で?付き合ってんの?」

そこは容赦がない。
本当のことは言わない方がいいと思う。
一緒に仕事するようになるんだから、それ以外の理由はない。

「いいえ。付き合ってなんかないですよ。あんなイケメンに私がつり合う分けないでしょ」

あはは…とかなり乾いた笑いになってしまった。

「それもそうよねー」

麻紀さんは納得してるようだ。
それも微かに傷つくけど…

「じゃ、あとで連絡するっていうのは?」

南主任が口を挟む。
この人にはすべてばれてるんじゃないかと背筋が寒くなる。

「さぁ。顔見知りがいたのに驚いたんじゃないでしょうか」
「ふーん」

銀縁眼鏡の下の眼が笑っている。

「本当ですって。それだけなんです」

誰の眼も見れなかった。