砂浜を踏みしめるように歩いていたクオンが、足場を確認し足を止める。
 海外からは少し離れ煉瓦が組み敷かれた場所で、砂浜というより砂利道に近い。
 それからクオンが振り返り腰から剣を抜く。音もなく。

「ジェイド様からは、細身の長剣を使うと聞きましたが…魔法か何かで出すのですか? 持っている素振りは見受けられませんでしたが」
「…使えるわけじゃない。魔法かどうかも分からないし…」
「実物を見せて頂けますか」

 言われて少し躊躇しながら、スカートのポケットからシアから再び預かった短剣を取り出す。
 一瞬クオンが怪訝そうな表情を受けべたけれど、説明するのが面倒くさいのでその視線には何も返さない。

 あの時は咄嗟だったし無我夢中だった。
 また同じことができるのだろうか。あたしに。

 緊張した面持ちで鞘から刀身を引き抜くあたしをクオンが見据える。
 露出する薄い刃が暮れてきた日に反射した。
 そしてゆっくりと引き抜いたそこには、あの時と同じ細身の剣が現れていた。

 抜いた鞘の数倍もある刀身。
 氷のように薄く光る細い刃。
 間違いなくあの時と同じものだ。
 すぐ傍でクオンが僅かに目を細める。

「見事ですね。武器を生成するのは精霊にはできません。まさに神の力なのでしょう」
「やっぱり魔法なの?」
「少し違うような気もします。そもそも魔力を餌とする精霊と海に住まう神々とは根本的に違うというのが我々魔導師の認識です。ただ神々に関する情報や知識は契約してきた王族から開示されるものしか我々は知り得ませんから、謎が多いのも実情です。現存する王族であるジェイド様は正式な継承もされていませんし、現状この国でこの力に詳しい者は殆ど居ないと言っても過言では無いでしょう」
「…クオンの言うことはイマイチ難しい。もう少し砕いて言ってほしいけど、とにかくよく分からないってことだよね」
「そうなります」
「精霊が魔力を餌とするなら、神さまは何を餌にしてるのかな…」

 ふと疑問が口をついた。
 クオンも僅かに思案した様子を見せたけれど、答えを知らないことは承知済みだ。
 きっといっそ、本人に聞いた方がはやいのだろう。

「…以前、とある方が同じことを口にされていました。餌、というより、力の源についてですが」
「神さまの力の源?」
「その方も神々の歴史と力にはとても興味がおありで、独自に調べたり憶測をたてたりしていたのですが」
「そんなことしていいの? 王族以外の人間に契約はできないっていう嘘をついてたぐらいなら、そういうのも禁止されてるものじゃない?」
「仰る通りです。国は神々に関わる一切の詮索と接触を禁じてきました。ですがそれを許された人です」

 クオンのその口ぶりに、段々とその相手が分かってきた。
 クオンがその瞳をあたしに向ける。

「ジョナス元殿下です。彼はご自分の立場上、それが自分の手にくることは無いと分かっていたのでしょう。だから余計に興味を惹かれた。以前こう仰っていました。神々が欲するのは、“信仰”だと…それこそが力の源であると」
「……信仰…?」

 それがどういうものなのかは、なんとなく知っている。
 だけどそれとこの世界の“神さま”とは、あまり結びつかなかった。

「ジョナス元殿下にそれがどういうものなのかを聞きましたが、正直あまりぴんときませんでした。信じ敬う絶対的な存在というのは、我々にとって王族の方々がそうだからです」

 確かにこの国での…この世界での“神”や“信仰”というのと、あたしの世界とでは違う気がする。

 あたしの世界での“神さま”は、目には見えない。
 だけどこの世界では嫌でもその存在を痛感する。
 明確な意思を持ち自分達に牙を剥くその存在を、畏れ敬う人も居るだろうけど多くは恐怖でしかないだろう。

「…あたしの世界の“神さま”は、決して目に見えないよ」
「そうなんですか。少し興味深いですね」
「だからだろうね。目に見えると裏切られた時のダメージが大きいけど、目に見えない無干渉の存在であれば、何があったって、何もしてくれなくたって。そういうものだと受け入れられる。都合の良い時だけすがって、理不尽に恨むのだって自由だもん。それでも結局神さまが何もしてくれないってことを、イヤでも分かっているから」

 でもそれは、信仰とは言わない。
 信じ敬われる“神さま”は、自分にとって都合の良い神さまだけなのだから。

「神さまも、寂しかったのかもね」

 どっちの、というわけではない。
 ただ。
 きっと嫌われるよりは好きになって欲しいし、疑われるよりは信じてほしいし、愛されるよりは愛したいのかもしれない。
 自分よりもちっぽけなその存在を、神さまは一番はじめ、愛していたはずだから。