まだ受け容れられないような、憔悴しきった顔でシアがあたしを見つめる。
 顔色が悪い。きっと体も限界のはずだ。

 シアのその手をあたしからとって、船の先まで先を歩いた。
 シアは黙ってひかれるままに、あたしの後に続く。
 光の粒はいつの間にか、船から溢れ出すほどに膨らんでいた。
 この世界があたしという存在を、受け入れようとしている。
 ここにきっと。
 新しい神の、柱がたつ。

「…何故、誰も…誰も、引き留めないんだ」
「…あたしの、人望かな」
「……笑えない」
「笑って。これがきっと最後だよ」
「……マオ…!」

 歩みを止めて、ぐっと。震える手に力がこもる。
 奥歯を噛みしめて絞り出す声が、あたしの名前だなんて。
 その痛みと苦しみを与えているのが、あたしだなんて。
 なんて哀しくて、嬉しくて……愛(いとお)しいんだろう。

「シア。死なないで。この世界は必ずあたしが守るから…だから、シア。あなたはそこで生きていて」
「…勝手だな、マオ。おれを置いていこうとしているくせに」
「そうだよ、みんな勝手だよ。誰もがみんな身勝手で…みんなそれぞれ、望みがあるよ。だけど今ここで、望みを叶えられるのは、あたしだけ」
「おれの望みを叶えられるのもおまえだけだ……!」

 きつく繋いだ手の温もりは、震える手に消えていく。
 あとどれくらい時間が残っているのか。ちゃんと彼に伝えられるのか。
 たとえ世界が亡んでも、あなたと共に居たかったこと。
 だけどあたしは、別の世界を選ぶ。あなたを残して。

 共に生きることは敵わなかった。
 世界は越えられなかった。
 でも。
 自分で選ぶことはできた。
 最後だけは。

「大丈夫、生きていればいつかまた会える。これで、お別れだけど…あたしは死ににいくんじゃないよ。この世界の為に犠牲になるわけじゃない。生きる世界を、選びにいくの」

 ずっと、あたしは。
 居場所を探して、求めて…だけど自分から選び取ることをしてこなかった。
 周りのせいばかりにして、いろんなことなげやりに。
 変われない自分を正当化して、逃げ道ばかり探してた。

 変えてくれたのは、この世界だ。
 ただしてくれたのは、この世界に生きる人たちだ。
 生きるということにまっすぐに向き合い、何かを失い奪われながらも、信じることを諦めなかった。

 生きる意味も、勇気をくれたのも。
 そして大事なものを守る力をくれたのも。
 ぜんぶ、あなたが守りたいこの世界だったの。

 だからあたしは今。
 悔いなくさよならを言える。

 あたしの手に残っていた、シアから預かっていた短剣の鞘をシアの手に握らせる。
 半分はお母さんに渡してしまった。
 だけど残りはこうしてちゃんと、返せて良かった。

 もうお守りは必要ない。
 シアの心はもう、要らないの。
 もうちゃんと自分で、持っているから。
 
「あたしを呼んでくれて――ありがとう、シア。この世界で、あなたに出逢えて良かった」

 きっとあのまま。
 あの世界でただ生きていただけのあたしに、愛を云うことはできなかっただろう。
 自分を愛してると言ってくれる、誰かの言葉を素直に受け止めることも。
 そして今もまだ、それは言えない。
 言っても哀しませるだけだから。

「心はあなたの傍に居る。それを、忘れないで」
「……マオ…!」

 すべてにきっと意味がある。
 あたしがこれからすることにも。

「さよなら、シア」