きみを愛している。
 心から。

 あの日誓ったことは揺るぎない本心。
 だからこそ。

 きみが私以外の誰かを思って泣くことが許せない。
 きみの心すべてを手に入れられないことが。
 きみの心に僅かでも、他の誰かへの想いがあることが。

 すべてをくれると言ったのに。
 命を懸けて、誓ったのに。

 ――嘘つきはきみだ。

 さいしょに約束を違えたのは。


―――――――…


 雲間から差し込んだ光が、リズさんの姿を照らしていた。
 息を呑むほどに美しく、呼吸すら忘れるほどの威光を放つその姿。

 すべてではないだろう。
 失われたものがもとには戻らないように、すべてを取り戻せたわけではない。
 だけど目の前の彼女は確実に、大切なものを取り戻した姿だということだけは分かった。
 それが彼女の本来の姿なのだと。

『…あぁ…思い出した。アタシの真名(まな)を奪ったのは…ベリアルじゃない。ベリアル…ベリルだと…思っていた。アタシをあの場所に縛り付けたいが為に、ベリルがあたしから真名を奪ったんだと…!』

 どこかまだ虚ろな瞳で、リズさんが呟くようにか細くそう零す。
 揺蕩(たゆた)う長い髪と独特の空気が、近くにいたあたしをも包み込んでいた。

 その姿はあたしが知っているリズさんのようでいて、どこかが確実に違う。
 奪われていたものを取戻したリズさんは、自身の両手を見つめながらその赤い瞳をエリオナスに向ける。
 その視線を受けながら、エリオナスは先ほどまでとはまるで違う笑みを受かべていた。
 困ったようなかたちだけを作った、だけどそれだけではなく、やけに冷めた瞳。
 どうして。リズさんはエリオナスにとって、正真正銘、自分の子どものはずなのに。

『…アンタだったのね、…お父さま』
「……!」

 リズさんの、奪われた真名…本当の名前。
 奪ったのは王家だと以前聞いていた。
 はじめの契約から永い時をかけて、リズさんは少しずつゆっくりと、シェルスフィアの為にすべてを捧げられてきた。
 そして王家に返ってきたその報い。
 リズさんの、呪い。
 それが真実だと。

『きみにそう呼ばれるのは久しいね。そうか…マオにずっとついていたのか…もう殆ど消えかけていて、その気配すら感じることもできなかったほどなのに』
『なんで、気付かなかったのか…ベリルにそれができるわけない。ベリルは…魔力を持たない王だった。アタシの名を奪うなんて、そんなこと…アタシより高位の存在でなければ、できるはずがなかったのに…!』
『そうだよ、リリス。きみがあの王と繋がっていられたのは、互いの気持ちが楔(くさび)となっていたから。本来ならあの男に、きみを繋ぎ止める術などなかった。だから、ぼくが。あれの望みを叶えてやったのさ』
『……っ、マナの心を引き換えにしてか……!』

 叫びと共に睨むリズさんに、エリオナスはまた笑う。
 特別なこの場所で、ふたりの心と心が特別なかたちでぶつかり合っているのを肌で感じた。
 荒れ狂う海と轟く雷雲。
 これはどっちのものなのか。
 もしくはその両方か。

『…気付いていたんだろう。きみも。マナの心が誰を想い求めているかを。だけどきみが選んだのはあの人間の王だった。マナの気持ちを、心を砕いて。それはまるでぼくの心が砕かれるよりも、哀しいことだった。だからぼくが迎えたんだ。マナの心を…繋ぐ為に』

 エリオナスのその冷酷な笑みは、同胞、しかも自分の子に向けるものではとてもない。
 以前、トリティアが言っていた。
 彼らは何よりも同胞を愛していると。
 だけどこのふたりはまるでそれが感じられない。
 むしろまるで憎み合っている者同士の再会のよう。

 ただ分かるのは。
 ふたりの心の奥深く、ただひとりのその存在が今もなお、強く在り続けていること。