伯爵令嬢シュティーナの華麗なる輿入れ

「シュティーナ……」

 青年がシュティーナの名をポツリと呟いた。シュティーナは感じたことのない熱を胸に持った。心臓が早鐘を打ち、頬が熱い。まわりの皆に気づかれてしまいそうで、シュティーナはうつむいて呼吸を止めた。

(お腹が満たされたときと同じ感覚だわ)

 苦しくなったので元に戻した。シュティーナは、ひとりでなにをしているのだろうと恥ずかしくなり俯いた。

(おかしな娘だと思われたんじゃないかしら)

 ドキドキと波打つような胸に手を当てて沈めようとしながら、シュティーナは小さく息を吐いた。

「良かったら、お店で休んでいきませんか?」

 思いもよらなかった言葉に、シュティーナ勢いよく顔をあげた。首がもげそうだったけれど気にしなかった。

(こ、これは、お茶のお誘い? わたし、男性から誘われるなんて初めて……)

「すぐそこなのですが、うちの店なんです。そのね、串刺しのお肉もございますよ」

 青空色の目がすっと細められる。シュティーナは、見られている恥ずかしさと、串肉を食べたい期待で混乱していた。リンが目を輝かせて聞く。

「お店の方なのですか?」

「そうです」

「わたしたち、その串肉を食べたくていまから伺おうと思っていたところなのです」

「そうでしたか。それではご案内いたします」

 青年は、シュティーナに手を差し出した。ふたりの会話を聞いていて、関係性を感じ取ったのだろう。

「足元に気を付けて」

 おずおず大きな手に自分の手を重ねた。鼓動が跳ね上がる。

(も、もうちょっとたっぷりとレースを使った方のドレスにすれば良かったな。髪飾りも、お気に入りの赤い石と花金細工が施されたものにすれば良かった)

 目立たないようにと装ったのに、いまはそれを後悔している。
人にぶつからないよう気を使って歩いてくれているのが分かる。手の温もりを感じながら、また転ばないよう慎重に歩いた。

「ようこそ。『白銀亭』へ」

 白い布の屋根がかけられた店の扉を開け、青年がシュティーナとリンを案内した。

「いい匂い……」

 どこから漂ってくるのか分からないけれど、調理場は奥のほうなのだろう。ここからは見えない。内部は、テーブルと椅子が並べられ、豪奢な装いではないが、清潔なテーブルクロスの上に小さな花が生けてある。テーブルクロスには、控えめに店の名前が刺繍されてあった。

「こちらのテーブルでお待ちください。いま飲み物をお持ちします」

「ありがとうございます」

 ふたりを座らせ、青年は微笑みその場を立ち去る。シュティーナとリンは、キョロキョロ店内を見ながら、こそこそと話し出す。

「リン、ここ来た事ある?」

「存じません。料理人のアロルドに聞いた店のリストには無かったような」

「串肉以外にもなにか食べてみたいわよね」

「あのお方に伺ってみましょう」

「リンが聞いてね! わたし黙ってるからリンが聞いて。あ、失礼のないようにしてね。あとわたしが何者かは黙っていてねお願いよああドキドキする」

「ちょっと……お嬢様……」

「お待たせしました」

 聞こえた声に、シュティーナは首がもげそうなほどの勢いで見上げる。その様子を見てリンは笑いを噛み殺した。

「ありがとうございます。伺ってもよろしいですか?」

 リンが青年に声をかけた。

「串肉はなんのお肉なのでしょうか。それと、おすすめも教えてください」

 彼は、頷きながらナフキンを配置し、涼しげな笑顔で品書きをふたりの前に置いた。

「スヴォルベリ産の豚串肉のほかにも、スーザントに今朝水揚げされた鮭の料理がございますよ」

「まぁ、お魚。わたし鮭は大好きよ」

「焼いたものと、スープがあります」

 シュティーナは唾を飲み込んでリンを見た。

「どうする?」

「迷いますね」

「どっちも食べたい」

「まぁ、シュティーナ様ったら……では、焼き魚と魚介スープをひとつずつ、串肉をふたつ」

「かしこまりました」

 静かに言って、青年は再びその場を立ち去った。店内には繁盛している様子で、皆楽しそうに、そして美味しそうに食事を楽しんでいる。

 窓の外に視線を移すと、先ほどと変わらず広場は賑わっており、シュティーナは心躍った。シュティーナとリンは緊張と期待で言葉少なに料理を待った。