馬車は走る。畑と、静かな林を抜けてスヴォルベリの屋敷へ真っ直ぐに走る。
先ほどまで賑やかな場所にいたことが嘘のように、馬車の中は静かだった。息をすることもためらわれるようだ。イエーオリの顔を見られなくて、シュティーナはうつむいていた。
「シュティーナ様。わたくしはスヴォルベリ家のために働きお守りするのが役目です。なにかあってからでは遅い」
イエーオリが指で眼鏡を直す仕草をする。
スカーフを落としてきてしまったから、シュティーナは両手で首元を覆った。もう、スーザントを離れたのだから顔を隠す必要は無いのに。
「……イエーオリ。ごめんなさい。でも」
でも、なんだというのか。シュティーナは自分が何を言おうとしているのかと喉を詰まらせた。唇が、熱を思い出して震える。
(わたしは、サムを)
「あの男に、もう会ってはいけません」
熱を断ち切るようなイエーオリの言葉だった。
(こんなはずじゃ、なかったのに)
夕陽が、屋敷の壁を照らしている。停車した馬車から降りると、すぐに、リンが駆け寄ってきた。
「伯爵様と兄上様がお帰りです」
「えっ」
リンの言葉を聞き、シュティーナは血の気が引いた。たしかふたりの帰宅は明日の夕方になるはずだった。思ったよりも早い。
「お待ちですので、お支度が出来ましたら……」
「すぐに行くわ」
シュティーナは乱れた髪の毛と身なりを素早く直し、スヴォルベリ伯爵がいる部屋へと向かった。
「お父様。シュティーナです」
「入りなさい」
部屋の中から低く響く声が聞こえた。シュティーナは部屋へ入って、父であるスヴォルベリ伯爵へ向き直った。隣には兄のミカルも着席していた。
テーブルには葡萄酒と簡単な食事が用意されてあった。もうすぐ夕食だったけれど、葡萄酒を飲んでひといきつきたかったのだろう。
「シュティーナ。心配したんだぞ。帰ったら居ないし、出かけたと聞いて。イエーオリも居ないし。御者もつけずふたりだけでだなんて」
ミカルは優しい声音でシュティーナの頭を撫でた。ふたりに心配をかけてしまったとシュティーナは胸が痛くなった。
「約束を破ったな。困った娘だ」
ため息をついた父が、葡萄酒が入ったグラスを傾ける。
「ごめんなさい。お父様、お兄様……」
傍らにいたリンを見ると、心配そうにこちらを見ていて、首を振った。自分ではないと言いたいようだったが、告げ口をするような人間ではないとシュティーナは分かっていた。きっと、自分が無断で外出したことを一生懸命取り繕ってくれたはずだ。
リンの隣にいたイエーオリが、静かに前に出て腰を折る。
「伯爵様、申し訳ございません。わたくしが居ながら」
「よい。シュティーナがお前を懐柔して無理に連れ出したのだろう。それぐらい予想が付く」
父がシュティーナに向き直るってため息をついた。
「わたしがいない間に外出するなど。危険な目に遭ったらどうするのだ。シュティーナ……」
「わたしが悪いんです。だから、イエーオリとリンには……」
「分かってる。お前は優しい。彼らも優しい。勝手なことをしたお前を守ってくれたのだから感謝している」
お咎め無しだ、ということだろう。シュティーナはあらためて、皆を困らせてしまったことを反省した。
「金輪際、ひとりで出歩くな」
「……はい」
シュティーナは長いまつ毛を震わせた。
(お父様に言われてもなお、サムにどうやったら会えるのかを考えてしまう自分があさましい)
こんな風に感じたことは初めてだった。会いたい。サムに。浮かんでくるのは彼の青空色の瞳だった。シュティーナはドレスをぎゅっと握った。
先ほどまで賑やかな場所にいたことが嘘のように、馬車の中は静かだった。息をすることもためらわれるようだ。イエーオリの顔を見られなくて、シュティーナはうつむいていた。
「シュティーナ様。わたくしはスヴォルベリ家のために働きお守りするのが役目です。なにかあってからでは遅い」
イエーオリが指で眼鏡を直す仕草をする。
スカーフを落としてきてしまったから、シュティーナは両手で首元を覆った。もう、スーザントを離れたのだから顔を隠す必要は無いのに。
「……イエーオリ。ごめんなさい。でも」
でも、なんだというのか。シュティーナは自分が何を言おうとしているのかと喉を詰まらせた。唇が、熱を思い出して震える。
(わたしは、サムを)
「あの男に、もう会ってはいけません」
熱を断ち切るようなイエーオリの言葉だった。
(こんなはずじゃ、なかったのに)
夕陽が、屋敷の壁を照らしている。停車した馬車から降りると、すぐに、リンが駆け寄ってきた。
「伯爵様と兄上様がお帰りです」
「えっ」
リンの言葉を聞き、シュティーナは血の気が引いた。たしかふたりの帰宅は明日の夕方になるはずだった。思ったよりも早い。
「お待ちですので、お支度が出来ましたら……」
「すぐに行くわ」
シュティーナは乱れた髪の毛と身なりを素早く直し、スヴォルベリ伯爵がいる部屋へと向かった。
「お父様。シュティーナです」
「入りなさい」
部屋の中から低く響く声が聞こえた。シュティーナは部屋へ入って、父であるスヴォルベリ伯爵へ向き直った。隣には兄のミカルも着席していた。
テーブルには葡萄酒と簡単な食事が用意されてあった。もうすぐ夕食だったけれど、葡萄酒を飲んでひといきつきたかったのだろう。
「シュティーナ。心配したんだぞ。帰ったら居ないし、出かけたと聞いて。イエーオリも居ないし。御者もつけずふたりだけでだなんて」
ミカルは優しい声音でシュティーナの頭を撫でた。ふたりに心配をかけてしまったとシュティーナは胸が痛くなった。
「約束を破ったな。困った娘だ」
ため息をついた父が、葡萄酒が入ったグラスを傾ける。
「ごめんなさい。お父様、お兄様……」
傍らにいたリンを見ると、心配そうにこちらを見ていて、首を振った。自分ではないと言いたいようだったが、告げ口をするような人間ではないとシュティーナは分かっていた。きっと、自分が無断で外出したことを一生懸命取り繕ってくれたはずだ。
リンの隣にいたイエーオリが、静かに前に出て腰を折る。
「伯爵様、申し訳ございません。わたくしが居ながら」
「よい。シュティーナがお前を懐柔して無理に連れ出したのだろう。それぐらい予想が付く」
父がシュティーナに向き直るってため息をついた。
「わたしがいない間に外出するなど。危険な目に遭ったらどうするのだ。シュティーナ……」
「わたしが悪いんです。だから、イエーオリとリンには……」
「分かってる。お前は優しい。彼らも優しい。勝手なことをしたお前を守ってくれたのだから感謝している」
お咎め無しだ、ということだろう。シュティーナはあらためて、皆を困らせてしまったことを反省した。
「金輪際、ひとりで出歩くな」
「……はい」
シュティーナは長いまつ毛を震わせた。
(お父様に言われてもなお、サムにどうやったら会えるのかを考えてしまう自分があさましい)
こんな風に感じたことは初めてだった。会いたい。サムに。浮かんでくるのは彼の青空色の瞳だった。シュティーナはドレスをぎゅっと握った。