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「リーミンさまはいたか。麟ノ国第一王子リャンテさまはいたか」

「リーミンさまは川に飛び込んだ。溺れ死んでいないだろうな」

「双方とも見当たらない。平民に化けたリャンテさまが、リーミンさまを連れて行ったやもしれない。ここ青州の土地を荒らすだけでなく、セイウさまの大切な懐剣を奪おうとする。なんて野蛮な王子だ!」

「麒麟の使いを得た麟ノ国第二王子セイウさまこそ、次なる王だというのに。往生際が悪い」

「近くに麟ノ国第三王子ピンインさまもいるやもしれない。注意しろ。油断すると呪われるぞ」

 岩穴まで聞こえてくる、兵士達の騒がしい声。

 それらに耳を傾けていたハオは、気だるい体を起こし、岩穴の出入り口付近で双剣を構えていた。

 解けた三つ編みを結い直す気力すら残っていないが、万が一のことがある。青州兵が遠ざかるまで気が抜けなかった。
 それは向かい側で構えているカグムも、同じ気持ちなのだろう。兵達の気配が消えるまで、構えを崩さなかった。

 馬の蹄が遠ざかる音で、ようやく肩の力を抜ける。

 けれども、聞こえてきた話は最悪の状況を予想させた。


「はあっ、勘弁してくれよ。ここまで追っ手が来た上に、リャンテさまが近くにいるなんて」


 頭が痛い。
 待てど暮らせど帰って来ないユンジェのことを思うと、余計に頭が痛くなる。

 子どもは夜通し、大人三人を看病していたので、疲労が溜まっているはず。逃げる力が余っているとは思えない。捕まったと考える方が自然だろう。
 あの様子から察するに、青州兵は子どもを捕まえていない。

 ならば、第一王子の手に……よりにもよって、血気盛んな王子の手に落ちれば最後、取り戻すのは困難だろう。逃げ延びていることを願いたいものだが。

 カグムに視線を投げる。彼は珍しく困り果てた表情を浮かべていた。

「ユンジェの無事を祈るしかないな。さっき、兵が川に飛び込んだって言っていたから、ユンジェは川の流れを利用して、少しでも遠くへ逃げようとしたんだろう」

 ハオもそう思う。
 小癪ではあるが、あれは賢い子どもだから、ここら辺の森に身を隠すことは危険だと判断したに違いない。この一帯に身を隠せば、ハオ達が見つかる可能性がある。それを避けたのだろう。


(俺達を守るっつーより、所持者を守る選択肢を取ったんだろうな)

    
 ハオは土がかぶさっている、たき火跡の向こうを見やる。目を見開いてしまう。たった今まで寝込んでいた王子が、岩壁に手をついて立ち上がっているではないか!

「ティエンさま。何をしているのですか、お休みになって下さい」

 カグムが近づこうとすると、「寄るな」と一声上げて睨みを飛ばした。
 手負いの獣のような鋭い眼をしている。なおも、食い下がるカグムは寝ておくよう体を押さえた。岩穴は瞬く間に喧騒に包まれる。
 まずい。ハオは冷や汗を流した。このままだと口論が始まってしまう。

「どけカグムっ。私の邪魔をするな」

「そんな体で何が出来るんだ。少し動いただけでも、息が上がるくせに。病人は病人らしく寝てろ、ピンイン」

「これが寝ていられるものかっ。あの子が兄上らの魔の手に迫られているというのに、のうのうと寝てられているわけがないだろう。私は今すぐ、天降(あまり)ノ泉へ向かう。ユンジェのことだ。きっと追っ手から逃れ、泉で私を待っている。そんな気がするのだ」

 だから退け。すぐに退け。怒声を張るティエンの聞き分けのない態度に、カグムが舌打ちを鳴らした。

「まともに歩けもしねーくせに、なにが天降(あまり)ノ泉へ向かうだ。死にたいのかよ」

「はっ、私の死を望む男が何を心配している。気色の悪い」

「あーくそ。本当にティエンって男は腹立たしいなっ。ちったぁ可愛げがあった、素直なピンインに戻れってんだ」

「残念だな。私はティエン。ピンインではない。ゆえに、可愛げも素直もない」

 始まった。始まってしまった、二人の口喧嘩。
 ハオは遠目を作り、双剣を置いて、その場に座り込む。止めたい気持ちは山々だが、体が気だるいので、口を挟む気力も出ない。依然、高熱はあるのだ。仕方のないことだろう。

(カグムの野郎。よくもまあ、熱があるのにティエンさまと口論できるな)

 それはティエンにも言える。
 誰よりも軟であろう第三王子は、たったひとりの子どものために天降(あまり)ノ泉へ向かおうとしている。懐剣を除けば、たかがガキなのに。


(……あの方にとって、ガキは初めて慕ってくれる人間だから、動揺するのもしゃーないか)


 初めて、は語弊があるだろうが、ティエンは周囲の人間から忌み嫌われていた男だ。元近衛兵であるカグムに裏切られた今、心の拠り所はユンジェだけなのだろう。
 そのユンジェがいなくなった。ティエンにとって一大事だろう。

 そこまで考えた時、ハオは自分の置かされた立場を振り返る。