どうやらカエルは、王族が触れて良いものではないらしい。口にすることも、良くは思われないようだ。鶏のような味がして美味しいのに、とユンジェは不思議がる。

「おっ、ユンジェ。こんなところに、コガネムシがいる。ほら」

 ティエンがカエル片手にコガネムシを捕まえると、ハオが青ざめた顔で息を呑む。

「カグム。麒麟の加護を受けている王子が、虫を素手で捕まえてるんだけどっ……あれはまずいぞ」

「……ピンインさま。虫はお捨てになり、カエルはカグムにお渡し下さい」

 謀反兵にとって、ティエンは王子でいてもらわなければ困る存在。
 王族の品位を下げるわけにはいかないと判断したカグムが、それをこちらに渡すよう促す。カエルは下々で処理し、ユンジェに食べさせると告げたが、それを聞くや仲間内から非難の声が上がった。

「カグムてめえ、言うだけ言って俺達に任せるつもりだろうが! 分かってるんだぞ!」

 ハオに図星を突かれたカグムはたっぷり間を置き、「ユンジェがする」と、言って視線を横に流す。

 どうやら彼らは獣の処理をしたことがないようだ。狩りの経験もないようなので、食い物はいつも町で買っていたのだろう。食べるものに困ったこともないのだろう。

 しかし。貧しい農民と暮らしていたティエンは、それを経験している。ゆえに獲物は手放さず、生きているコガネムシをハオ達に投げつけると、ぱっくり口を開けて伸びているカエルを、カグムの目の前に突きつけた。

 ぎょっと驚いて身を引く彼に、ティエンは鼻で笑う。

「これに触れられもしないとは、意気地のないことで」

 カエルを布紐に結び直すと、彼はもう一度、川に行って来ると言って歩き出した。ユンジェは逞しくなったティエンに目で笑い、深いため息をつくカグムを見上げる。

「頼もしくなっただろう? ティエン」

「やんちゃすぎるくらいだ、俺の知っている、か弱い王子はどこへやら。あの気丈夫さと小生意気さは、お前に似ている気がするよ」

 つい笑いを噛み締めてしまう。それは光栄だ。


 ティエンはとても働いた。ユンジェが動けない分、率先して水汲みや枝拾いをし、血になりそうな獣を狩って夕餉としてこしらえた。

 一方で、ユンジェの面倒を率先して看てくれた。食事、着替え、寝る時は傷が痛まないよう、頭陀袋を空っぽにして、それを敷いてくれた。

 下々の仕事は王子のすべきことではない。
 兵達は幾度も止めに入ったが、彼は頑なに拒み、兵の手を突っぱねた。自分で出来ることは、自分でしたいようだ。

 けれど、あんまり働き過ぎると、ひ弱な彼は倒れてしまうのでは。いくら逞しくなったとはいえ、彼の体力なんぞ高が知れている。

「ティエン。ごめんな、俺の分まで働かせて。疲れてないか?」

「ユンジェ、お前は怪我を治すことだけに専念するんだ。大丈夫、お前のことは私が必ず守る。寝ているお前に、兵なんぞ近づかせない」

 ちなみに。カグム達と初めて過ごす一夜は、たいへんな騒動に見舞われた。ティエンの兵士不信が全面的に出て、自分に近づく兵はみな威嚇したのである。

 事の発端は王族と農民が一緒に寝る行為について、カグムがそれを咎め、二人を離させようとしたことにある。当然、ティエンは怒り、短刀を抜いた。

 あまりにも興奮し、それを振り回すので、落ち着かせるのにとても苦労した。

 この一件により、無理に引き離して寝させる行為は無くなったものの、ティエンの兵士不信の根深さを思い知ることになる。

 そんなこともあり、ユンジェはティエンに心配を寄せているのだが、今の彼は自分の言葉だって聞きやしない。ユンジェが元気になるまでは、自分が動くの一点張りなのだ。はやく元気になってほしいのだろう。

(変なところで、気張るんだよな。あいつ)

 頑固になるティエンに聞く耳を持たせるには、ユンジェが元気になるしかないだろう。


 しかし彼の想いとは裏腹に、ユンジェは高い熱を出した。五日目の野宿の夜であった。