「なんで……そんなこと言うんですかぁ~」


「なんでかな。俺にもよくわからない」
 

目元を拭う海雨を、澪は優しい眼差しで見る。


「……今すぐ返事が出せなかったら、それでもいいんだ」


「で、ですが、澪さんは、その……」


「うん。海雨ちゃんの恋愛対象になりたいって思ってる。海雨ちゃんが自分に決めた『暮無当主の位置』から動く気になったら、いつかそういう風に見てもらえたら、って」
 

海雨が自分に定めた、『影小路暮無』の在り方。
 

誰も愛さない。誰も好きにならない。結婚なんてもってのほか。
 

最初に愛した、夫以外は。
 

……その場所を、少しでも揺るがす気になるときが来るのだろうか。
 

海雨は、涙の残る目元を隠すように、まだ少し俯き気味に答えた。


「……はい」