「良い香りだね」

「レモンのグレーズにございます。蜂蜜もございますので、よろしければ」

「ありがとう」

微笑むランティスに胸が締め付けられるが、クラリスはいつも通りを心掛けて「冷めないうちにどうぞ」と素っ気なく言う。

「市場に買い出しに行かれていたというのに、わざわざすみません」と謝るのは側近のディオンだ。彼はいつも主のふるまいのせいで迷惑をかける相手に気を遣っている。側近も苦労するとクラリスは同情して「いえ、構いません」とディオンに微笑み返した。


「ええー、俺には無表情なのにディオンには微笑むの?」


むくれたような表情をしてランティスは茶をすする。


「俺には笑ってくれないの?」


すねた子どものような発言をするランティスにクラリスは溜息を吐いて「する必要がないかと」と答えた。


「相変わらず素っ気ないね」

「そうでしょうか」

「無自覚か。大概無表情だよ、きみは」

それからランティスはクラリスに近づいてその頬に手を添えると「だからこそ、色んな表情を見てみたいと思う」と不敵な笑みを浮かべる。


「かっ、からかわないでください!」


顔に熱が集まるのを感じながら、クラリスは慌ててランティスから離れる。


「照れているのかな、すごく可愛い」


しかしランティスは目を細めて優しく笑う。愛しいと言わんばかりの表情する。


「ランティス様!そのような発言は___」


そのような発言はお辞めください、と言おうとした時だった。


「失礼いたします」


一瞬でクラリスは心から凍りついた。顔の熱はさっと引いて、反射的に頭を下げる。

声だけでその人物が誰なのか分かってしまったのだ。