やがて王宮が見えてきて、クラリスは呆気に取られた。

オルレアン伯爵家が歴史ある立派な家柄であり屋敷も大きいことをクラリスは知っていたけれど、王宮はその比ではなかった。

ピカピカに磨かれている門、手入れの行き届いた庭、全てが輝いて見える。

伯爵家の侍女という立場では決して立ち入ることのできなかった王宮という場所に、クラリスは少し胸が躍っていた。


しかし自分は茶を淹れるためだけに来たのだと目的を思い出し、深呼吸をする。


自分の立場を見失わず、これ以上の栄誉を求めず、自分に与えられた仕事をきっちりこなすこと。

それはクラリスがいつも心の中で指針としていることだった。

自分の立場を見失えば身の破綻を引き起こす。それにオルレアン伯爵家の侍女でありながら茶を王太后に認められているのに、これ以上を求めるなんておこがましい。

自分に与えられたことをきっちりこなすこと以外に自分にできることはない。自分のなすべきことをなす、それが自分を雇ってくれているオルレアンの旦那様にとっても良いことなのだとクラリスは侍女として働く中でそう思うようになったのだ。

そして今回すべきことは、うまい茶を淹れること。それだけなのだ。

王宮の門をくぐると、王宮付きの侍女らしき人物が頭を下げてクラリスを出迎えてくれた。



「オルレアン伯爵家のクラリス様でございますね」


様だなんて敬称を付けて呼ばれたことが初めてで、クラリスは違和感を覚えず、戸惑ってしまった。自分と同じかそれ以上の立場の者が自分を様なんて敬称を付けて呼ぶだなんて、そんなこと通常ならあり得ない。