どうせ叶わない恋だから、いっそのこと忘れてしまおうとクラリスは思った。

ランティスを想う気持ちも全部、胸の奥に閉じ込めて鍵を掛けて。

最初から、何もなかったことに。

ポーカーフェイスなら得意だと自分に言い聞かせる。今まで散々嫌な貴族にも顔色一つ変えずに接してきた、感情を圧し殺して仕事をこなす方法も分かっている。きっとやれるはずだ、と。


「大丈夫ならいいが」とジェラルドは安堵の息を漏らす。

「でも、無理はするんじゃねえぞ。無理して倒れちまったら元も子もねえからな」


「ええ、分かってます」とクラリスは頷いたけれど、心の中では頷けなかった。

多少の無理もしなければきっと、忘れようとした想いも全部思い出してしまう。ほら、少し気を抜いただけで、また、思い出しそうになってしまった。


「私、料理長に用事があるので、これで失礼します」


クラリスは会釈するとその場を離れた。そして今日の仕事内容だけを考える。他のことなんて考える隙も暇も与えないように。

人の気持ちは儚く移ろいやすい。この感情もきっとそうだ。苦しいのは、辛いのは、今だけ。きっと仕事をしていたらそんなこと感情ごと記憶から消えてしまう。

そしていつの日かきっと思うのだ。

___ああ、そんなこともあったな、と。



調理場に向かって回廊を歩いていると、前から見覚えのある人物が歩いてきた。

黒い軍服を靡かせて歩く彼は、ランティスの執務室で出会したクロード、その人だった。

クラリスは道の端に避けて立ち止まると会釈する。そして彼が通り過ぎ、自分も歩き出そうと思った時だった。


「クラリス、と言ったか」


クロードの低い声が後ろから聞こえてきた。