「はい。2個あるから、放課後まで貸してあげる」



消しゴムを手の中で転がして、彼はケースを外す。

理解しがたい行動になんなんだろう、と考えてすっかり止めることを忘れてしまった。



「ここにはなにも書いていないんだな」

「っ……」



側で話を聞いていた真優と健人には意味がわからない言葉。

小首を傾げている姿に安心すると同時に、鳴瀬の狙いがわからず冷や汗がにじむ。

秋が深くなってくる時期とはいえ、先ほどまで適度な熱を持っていた身体が、急激に体温を下げて気持ち悪い。



自分はあの日の出来事を覚えている、忘れてはいない、なかったことになんてならない。

そう主張してくるような言葉に不安が募る。



「なにが言いたいの……」



掌に爪を立てる。

いつものように睨みつければ、別にと言葉を返される。



「早くバレちまえばいいと思っただけだ」



無責任なことを口にして、彼は元どおりになるよう消しゴムにケースをつける。

じゃあ借りる、なんて言い置いて、彼は自分の席に戻ってしまった。



「マコちゃんって、鳴瀬くんと仲よかったっけ?」

「ううん、仲よくなんてない」



むしろ仲よくなれそうにないって、ずっと思っていた。

今も、強く思う。



あいつは無関係だから、あんなことが言えるんだ。

当事者だったなら、きっと私に言えるはずがない。



関係が変わってしまうことが惜しくて、ためらって、後悔して。

きっとばかみたいだと思っているんでしょう?



だけどはじめは真っ白だったはずの恋心は、少しずつ言葉を消すたびに、想いを誤魔化すたびに薄汚れていく。

この感情が甘い響きを持っていたのは、遠い過去のことになってしまった。



自分だけじゃなく、真優の気持ちまで無理やりこすりつけて。

消しゴムみたいに、灰色になっていく。



「鳴瀬なんて、」



私の気持ちなんて、知らないままでいられたらよかったのに。