「俺はお前が振られるのを待ってたんだ」
そうだろうなって思っていた。
いつも睨んで、私の消しゴムを確認なんかして、他の誰が気づかなくても私にはわかってしまう。
そう思ったけど、私の予想とは違う言葉が落とされた。
「そうしたら、お前はもう、隠さなくていいだろ?」
「っ、」
なにを、言っているんだろう。
鳴瀬は、それじゃあ、まるで私のことを気遣ってくれているみたいじゃないか。
てっきり私が邪魔者なのは周知の事実だから、蹴りをつけるつもりなのだとばかり思っていたのに。
それなのに、違うの……?
「鳴瀬は私のことが嫌いなんじゃなかったの」
「……お前は思った以上にばかだな」
まるで叩くように頭を鷲掴みにされて、無理やり床と睨みあうことになる。
「嫌いじゃない。泣けばいいとは思うけど」
「なにそれ、歪んでる……」
力は強いし、意味がわからないことばかり。
曖昧な言葉に惑わされて、鬱陶しいし、正直ムカつくことが多かった。
だけど髪をかき混ぜる行動が、彼なりの慰めだとわかってしまったから。
「っ、」
ぽとり、ぽとり。
涙の雫がまぶたから離れ、スカートに小さなシミを作った。
しばらくそうしていたところ、鳴瀬は私が貸してあげた消しゴムを取り出した。
そうして、まるであの日の私のように、シャーペンで文字を掘っていく。
想いをさらけ出して、汚れた消しゴムが削れて、白く文字が浮かび上がる。
〝仁〟
くっきりと刻まれた文字を見て、私はわずかに息を吐いた。
不器用な優しさは、白でも黒でもない曖昧な色。
汚れた消しゴム、秘密の感情をなかったことにしてくれる消しゴムみたい。
正直なところ、今すぐ彼の気持ちに応えることはできない。
だけどいつか、君の灰色と、同じ色になれたらいいと思うから。
私の灰色に彼の灰色が混ざりあう。
鳴瀬に差し出された消しゴムを手に取って、私はそっと、笑った。
fin.