奈良まち はじまり 朝ごはん

気持ちが顔に表れていたのか、

「なににやけてるんだ、気持ち悪い」

眉をひそめた雄也が、茶色い紙を目の前に落とした。

「あ、これ……」

手に取る前にわかる。友季子さんが見せてくれた小野さんからの手紙だ。

「こないだ忘れていってたぞ。きちんと返しておけよ」

「うん」

すぐにカバンにしまいながらホッとしたのは、これで友季子さんを明日探す理由ができたから。

「返すだけだぞ。余計なことはするなよ」

すかさず釘を刺してくる雄也。

「もちろん」

答えながらも窓からの空を見て願う。

明日は雨じゃありませんように。



梅雨の中休み。

土曜日の猿沢池は朝から観光客でにぎわっていた。

向かい側の興福寺を参拝する人、ならまちを観光する人が交差してベンチに座ることもできない。

やはり、友季子さんの姿はいくら捜しても見つからなかった。

近くのカフェでお茶をしたり、お寺を見学しているうちに昼過ぎになった。

それでも彼女は現れない。

ならまちにある『ならまち史料館』で時間をつぶしてから外に出たとたん、空が黒い雲に覆われだした。

「雨が降りますからお気をつけて」

受付のおばさんの声にうなずいて歩き出すと、すぐにぽつぽつと地面を濡らしだす雨。

それは一気に強くなったかと思うと、みるみるうちに本降りになってきた。

「これでいなかったら帰ろう」

自分に言い聞かせて猿沢池に戻ると、クモの子を散らしたように人の姿はまばらになっていた。

すぐにわかる。

赤いカサがほとりに見えたから。

「友季子さん」

声をかけるとビクッと体を震わせてから友季子さんは私を見た。

「あ、詩織さん……」

「毎回驚かせてばかりですね」

笑いながら言うけれど、浮かない表情を見てまだ小野さんが現れていないことを知った。

「私、しつこいですね」

すごい雨音が友季子さんの声をかき消すよう。

「そんなことありません。でも、やっぱり確認すべきだと思います。来られない事情があるかもしれないし」

私の声に友季子さんはやはり首を横に振って否定を示す。

「できないんです」

「でも」

「私のことは気にしないでください」

そんなこと言われても乗りかかった船。いや、自ら乗りこんだ船だし。