「パウラ夫人は本当に何も思い出してはいないんですか?」
「ああ。九年前から時間も動いてなさそうだな。しかしかれこれもう三年だし。今日はカマをかけてみようかと思っている」
「カマ……」
「あの夜のことを覚えていますか?……とね、今までが遠回しすぎたんだ」
それでパウラ夫人が思い出したら?
彼にとってショックなこと言ったとしたら?を
ローゼは思わず彼の服を掴んで見上げた。
「……大丈夫ですか?」
ひとり盛り上がったローゼに対し、ディルクは不思議そうに小首を傾げる。
「何がだ?」
「だから。そんな話聞いて。もしショックを受けたとしてひとりだったら……」
本当に何を心配されているのか分からないと言った顔のディルクを見ていたら、ローゼの胸の何かがしぼんできた。しりすぼみになり、うつむいて黙る。
(私も……行きたい。ディルク様がもし傷ついたなら、傍にいたい)
「……何を心配しているのか分からないが、今さら父のことで何かを知っても、ショックを受けることなどない。……引き留めて悪かったな。しっかり侍女の仕事を覚えてくれ」
困ったようにため息をつき、ローゼの頭を優しくなでてから、ディルクは歩き出す。ローゼはそれ以上何も言えなかった。



