部屋を出て、厨房のほうへと向かう。
ナターリエはメイド長なので、リネン室や厨房の火を落とすときの責任者だ。いつも最後まで残っている筈だった。
薄暗くなった廊下を歩きながら、ローゼは不安と戦っていた。
もし、ギュンターに気に入られて愛人にと言われても、身分の低いローゼには断るすべはない。それを見越しての侍女としての抜擢だったら、もうここの仕事を辞めるしかないだろう。
(折角、憧れのお屋敷で働けるようになったのに。ディルク様にも会えて……)
逞しい腕で抱き上げられたことを思いだすと、顔が赤くなってくる。
だけど……あれも別にローゼだから優しいというわけじゃない。
(ディルク様は、屋敷のいろいろな人に目を届かせているんだもの。私だけが特別じゃない。私は……あの人と顔が似ているから、そういう対象に入れてもらえない……)
考えているだけで悲しくなってくる。次の恋でもできれば、こんな気持ちからは解放されるのだろうか。
だからと言って愛人にはなりたくないのが本音だ。
どれほど見目麗しく裕福な貴族であろうとも、妻がいるならば他の女性によそ見などしないでほしい、というのがローゼの本音だ。
「もういいのか」
突然背中から声をかけられて、ローゼは動きを止めた。
かけられた声が、ディルクのものだというのは声でわかる。ローゼは緊張から、油をさし損ねた機械のように、ギギギとぎこちなく首をそちらに向ける。
その頃には、ディルクはすぐ傍まで近づいてきていた。



