「……というわけだ」


淡々と語るディルクを見ていると、ローゼは苦しさで胸がいっぱいになる。
そんなひどい過去を乗り越えて、なおも過去と向き合おうとするなんて。


「すごいです。ディルク様。私だったらそんな辛いこと……逃げてしまいそう」

「なにも凄くなどない。胸のつかえを取りたいだけだ。それに成果が上がらない以上、俺が今していることは無駄なだけだ。これ以上パウラ夫人に変化がなければ、辞めることも考えている」

「ディルク様のお父様が不倫なんてなさっているはずがありません。きっと大丈夫ですっ」

「話を聞いているのか? ローゼ」


ローゼにしてみれば、ディルクの行動は痛々しい。
自分の敵とも思えるような相手に、優しくするのだ。生半可な気持ちで引き受けているわけではないのだろうと思うと、自分のことでもないのに胸がキリキリしてきて、涙が浮かんできた。


「私に何か出来ることはありませんか。あなたの助けになりたいんです」

「なにもないよ。落ち着けよ、ローゼ。……そろそろ行こう。雲行きが怪しくなってきた」


ディルクは半泣きで切々と語るローゼの手首をつかみ、外へと連れ出す。


「……君は俺が思っていた以上に単純な女性のようだな」

「だって。ディルク様が辛そうで。私っ」

「少しもつらくはない。敢えて言うなら今は君に泣かれて困っている」

「なっ……。では泣きませんわ。ええ、泣いていませんとも」