「ディルク様、優しいんですね。裕福な生活を失って、伯爵家や家族を憎んでもおかしくないくらいなのに。きっと死んだご両親も喜んでいらっしゃいますわね。こうして月に一度、お墓も詣でてもらって……」
「墓を参るのは親切心じゃない。平和な場所にいると忘れそうになる復讐心を思い出すためだ」
「え?」
物騒な単語に、ローゼは息を止めディルクを見つめる。彼はもうローゼを見てはいなかった。彼の視線の先には、似た顔をした別の女性がうつっているようだった。
「母はともかく、妹がなぜ犠牲にならなければならないのか。俺には納得がいかなかった。優しくなんかないんだよ。俺は、父も母も憎んでいる。それにパウラ夫人も……」
「ディルク様」
「……彼女は、俺からすべてを奪った女性だ」
ぼそりと、彼が言う。瞳を歪ませて、憎らしいものを見つけたかのように空を睨む。
「まさか……」
「……パウラ=アンドロシュ。それが彼女の名前だ。……九年前、伯爵をひき殺してしまった馬車に、俺の父親と一緒に乗っていた女性。父の愛人だと言われていた人」
ローゼは何も言えなかった。冷静沈着なディルクが漏らした憎しみ。それは、普段どうやってあんなにきれいに隠しているのかと思えるほど、深く重たいものだった。



