「……ディルク様」
「ローゼ、話がある」
馬上から、呼吸を荒げてそう呼び掛ける。
ローゼが身をすくめたのを見て、母は娘を守るように抱き締めた。
「どなたですか? うちの娘に何の用が」
「ああ」
ディルクはひらりと馬から降り、ローゼの母に礼を尽くした。
「失礼しました。私は、ディルクと申します。クレムラート伯爵邸で、当主の従者を勤めさせていただいております。今日は休みでこのあたりを散策しておりました。どうか、ローゼ嬢と話をする時間をいただけませんか?」
「伯爵邸の……まあいつもローゼがお世話になって」
急に恐縮する夫人に、ディルクは手を振った顔を上げるように言った。
「私は伯爵様付きの従者ですので、そんなに接点はありません。ですが、彼女の仕事ぶりは時々拝見させてもらってますよ。真面目で、仕事熱心で助かっていますよ」
「まあもったいないお言葉」
最初は娘を守る気満々だった母親も、ディルクは柔らかな物腰に気を緩めはじめた。
「ローゼ、どうする?」
問いかけられて、ローゼも覚悟を決めた。
「どのようなお話ですか?」
「先ほどはああ言ったが、……良ければ帰りも送ろうかと思ってね。……どうだい?」
当然だがディルクは母に対して事情を明かす気はないらしい。今の言葉によって、話を聞くか聞かないかは、ローゼに委ねられた。
恋心に終止符を打たれる恐怖もあったが、好奇心が勝った。
「ええ。一緒に帰ります。……まだ父の顔も見ていないので、もう少しお待ちいただけますか?」
「ああ」