得体のしれない恐ろしさを感じたまま、ローゼは数歩後ずさった。
その時、腕を木の枝に引っかけてしまう。途中で折れた枝の先は鋭く、ローゼの袖とともに肌にも傷をつけた。
「痛っ」
「誰だ?」
思わずだしてしまった声に、ディルクは敏感に反応した。
すぐさま振り向き、ローゼと目が合う。
ローゼは追ってきてしまったという後ろめたさもあって、その場から逃げ出した。
「おい、待て……」
ディルクの声が追ってきたが、更にその後ろから、女性のか弱い声がした。
「きゃあ」
「大丈夫ですか、パウラ様」
身をひるがえしたディルクに驚いて、パウラと呼ばれる女性がよろけてしまったらしい。彼女は手を前に広げて、手探りで何かを探すようなしぐさをした。酷く慌てているように見える。
「どうしましょう。お花を落としてしまったわ。ゾフィー、どこかしら。どこ? ねぇ、バーレ男爵は?」
(目が見えない……?)
その女性の動きに、ローゼは一瞬気を取られた。
ローゼを追おうとしていたディルクは、立ち止まり、花束を拾い上げて彼女に向かい合う。
「……ここにありますよ。どうぞ」
ゆっくりと、驚かせないように彼女の手を取り、持ち上げてからそっと花束をのせる。
まるで壊れ物に相対するような優しい仕草に、ローゼの胸は嫉妬で暴れ出しそうだった。