「はっ、ははっ。ディルク君といったか。ずいぶんと厄介ごとを持ち込んでくれたもんだな。よりによって王子なんて御大層な面子を連れて私を陥れに来るとは。これはちと面倒くさい。全員動くなよ。動いたらこの娘の喉を掻っ切る」

「ひっ」


ローゼの喉奥から引きつった声が出た。

ディルクは頭に血がのぼるのを止められなかった。今までも子爵を憎いと思ったことは何度かある。しかし今は殺したいとさえ思う。ローゼの口をふさぐそのぶよぶよした手を切り取ってやりたいと思うくらいだ。

ディルクとフリードが険しい顔をしながら子爵の動きを伺っている。クラウスだけはまだ余裕の顔で、「随分悪党臭い真似をし始めたね」と冷やかしている。


「ゾフィー」

「は、はい」


子爵の呼びかけに侍女が頷いて一度部屋から出ていく。
ディルクはフリードと目配せをし、隙を見てローゼを奪い返そうとするが、子爵はあたりに目を配りながらしっかりローゼを押さえつけている。そして、芝居がかった口調で語り始めた。


「やれやれ、これに収拾をつけるには、仰々しいシナリオが必要そうだな。……そうだな、ローゼと婚約していたドーレ男爵の息子が、娘と暮らしたいと願う我々に腹をたて、ご乱心めされたことにしよう。止めようとしたクレムラート伯爵を殺し、連れてきた従者と襲い掛かってくる。私は妻とローゼを守るために剣を振るい、悪漢たちを殺した。生き残ったのは私とパウラとローゼのみ。死んだ人間の中に変装した第二王子が混ざっていたなんて、こちらの知る由もない」