ローゼの母親は、ローゼが落ち着いたのを見てから、ディルクのほうへ向き直る。少し腫れた頬に向けてハンカチを差し出した。
「痛かったでしょう。すみません。怪我はなさってないですか?」
「いえ……」
ディルクはそれを受け取り口元を拭いた。血の味はするが、ほんの少し口の中を切っただけだ。
「前に来てくださったとき、あなたは私の話をちゃんと聞いてくれたでしょう。身分に関係なく、人を人と思って接する人なんだと思っていました。ローゼがあなたに恋をして、あなたがローゼを選んでくれたのなら、私は反対するつもりはありません」
「……ありがとう、ママ!」
感極まったローゼが母親の首に抱き付く。反対に情けない声をあげるのはブレーメン氏だ。
「お前……」
妻に叩かれた頬を押さえながら涙目になる。
「あなた、いいじゃないの。農園は別の人に継いでもらえばいいわ」
「それじゃあ、ローゼがいなくなっちまうじゃないか」
「ローゼにだって、好きな人と生きる権利があるわ」
妻の説得にブレーメン氏は仕方なく頷き、名残惜しそうに娘を抱きしめた。
ローゼの家の力関係を垣間見てしまったようで、ディルクとしては苦笑するしかない。



