ローゼは小さな悲鳴を上げて、すぐに父親の腕に抱き付いて止めた。
「パパ、どうしてそうやってすぐ手を上げるの! やめて」
ローゼに睨まれるのには弱いらしく、ブレーメン氏はしどろもどろになる。
「だって。……貴族の屋敷に勤め始めて、すぐにこれだ。お前は可愛いから、遊ばれてるんだよ」
「違うわ。ディルク様はそんな方じゃない」
「ええ。違うわよ」
さらりと言い放ったのは母親のほうだ。立ち上がり冷えた目で夫を見下ろした彼女は、夫に平手をくらわす。
「な、なにすんだ!」
「あなたと同じことをしたのよ!」
母親の目はつりあがり、軽くよろけた父親は頬を押さえて大きな体をかがめる。
「人の話もちゃんと聞かないでいきなり殴りかかるとか、あなたはどうしてそうなの!」
「だって、お前。ローザが」
「そうよ。私たちのローゼが連れてきた人よ。どうして信じてあげないの」
そう言われて、父親は一気にシュンと小さくなる。呆気にとられたのはディルクとローゼで、母親はくるりと振り向くと二人ににっこりと笑いかけた。そしてローゼに、優しい声で問いかける。
「……恋を実らせたのね?」
ローゼの緊張して固くなっていた体が、こわばりを無くす。母はいつだって、最終的にはローゼの気持ちを尊重してくれた。
(……この人はやっぱり私のママだ)
ローゼは感極まって涙目になりながらこくんと頷く。
「ママぁ……」
「良かったわね、ローゼ」
そして、優しくローゼを抱きしめる。心の底から安心して、ローゼは母の腕に甘えた。
ディルクは呆けたようにその光景を見つめていた。



