(そっか! エミーリア様だったら着替えのドレスや装飾品だけで別に馬車を用意されるくらいだもの……)
一泊くらいなら、ドレスは今日のものをそのまま着ればいい、と下着くらいしか準備しなかった庶民じみた自分に、慌ててローゼは鞄を隠す。
しかし、ディルクには気にした様子はなかった。ローゼから鞄を受け取ると、頬の筋肉を緩めた。
「そうか。……そうだな。君と暮らすのは身軽で良さそうだ」
「え? え?」
「この鞄くらいならディナで事足りる。……悪いが、馬を替える。馬車を戻してくれないか」
馬番に声をかけ、いつもの愛馬の首を撫でる。
ディナは急に呼び出されたことを驚きつつも、喜んでいるのか尻尾を揺らしている。
ディルクは荷物をベルトで固定し、先に自分が馬に乗り、おどおどと手を伸ばすローゼを引き上げた。
「さあ、行こうか」
密着する背中に意識を取られていると、耳元へのささやきに空気が震える。
以前よりディルクの仕草が優しいことに、ローゼの胸のときめきは止まらない。
(嘘みたい。夢みたい。……夢みたいなものよ。だって、これは私を守るための偽の婚約なんだもの)
浮かれる気持ちを止めるようにローゼの中のもう一人のローゼが囁く。それはクルトによって引き出された、夢見る自分を卑下する自分だった。



