「分かりました」
「今日はここに泊めていただけることになった。色々あったし怖かっただろう。もう休んでいい」
「ではエミーリア様に挨拶を」
「いい。俺から言っておく」
と、ベッドにぐっと押し倒され、なにがなんだか分からないうちに額にキスを落とされた。
「な、ななな……」
硬直したローゼを上から眺めるディルクのまなざしは、優しく、どこか切なげだ。
「……お休み」
「おやすみ、なさい」
それ以上のことは起こらなかった。
ディルクは紳士的に彼女の髪を撫で、「また明日」とさらっと言って部屋を出ていく。
ローゼは真っ赤になりながら、ドキドキとうるさい心臓を押さえつける。
「どこまでが、本当なの? 私を好きだと言ってくれたのは、……本当? じゃあプロポーズは?」
ごろりと横になって、目を閉じる。
今日は色々なことがありすぎた。なにより、クルトの冷たいまなざしが頭から離れない。
『君は貴族じゃない。花商人の娘だろ?』
たしかにそうだ。だからこそ、こんな風にふかふかのベッドに寝かされることに違和感を拭えない。
パウラの娘ならば片方は貴族の血が入っているのだろうが、生まれてこの方花農園で育ってきたのだ。今日のように社交場に出たところで、話しているうちにお里が知れるというものだろう。
「ディルク様は男爵家の出身だもの。今がどうでも……貴族様だわ」
言葉遣いも所作も、ディルクは洗練されている。社交場に出た時に、出席者の貴族と間違われる姿も何回か見た。
「プロポーズはきっと、……かりそめのもの、なのよね?」
自分で口にしておきながら、ローゼはそれにショックを受け、落ち込んだまま眠りについた。



