「酷い過去だ。知りたくなかっただろう。……すまないな」
「ディルク様」
「だが、過去は変えられないし、隠すことは本当の意味で君を守ることにならない。俺も今はそう思っている」
その間も、ずっと手は握られたままだ。ぬくもりは何よりもローゼの気持ちを勇気づけた。
「……大丈夫です。続きを、お願いします」
「ああ。出産前にエーリヒ様が数名の侍女を忍びこませていたらしい。死産だと告げて、ひとりの侍女に託して屋敷から逃がしたんだそうだ」
「それが母ですか? では私は今の両親とは全く血の繋がりはないんですね?」
無骨な父としっかり者の母。顔が似ていないとはよく言われていたが、ふたりともローゼをたいそう可愛がっていたし、ローゼが間違ったことをすれば躊躇なく叱った。
実の親じゃないなどと疑うことは一度だってなかったのだ。
寂しさが、ローゼの胸に去来する。
せめて遠縁の親戚だとか、何かしらのつながりがあればよかったのに。急に独りぼっちになったような気分だ。



