彼はナターリエに花束にしてもらい、満足そうに微笑んで行ってしまった。
「あの、私もそろそろ抜けます。ジルケの様子、見てきますね」
ナターリエにそう言って、ローゼは自分の居室へ急いだ。ロビーでは、フリードがエミーリアを伴って、出ていこうとするディルクに声をかけている。
それを横目にして、ローゼは部屋に入り、後をジルケに頼んで飛び出した。
使用人用の裏口から出ると、ディルクが馬小屋に入っていくところだった。
どうやら、馬で出かけるらしい。
(そういえば、移動については考えてなかった)
ローゼは実家の農園を手伝っている間に、馬車の扱いも馬の扱いも学んだ。だが、同じように馬で追えばすぐに見つかってしまうだろう。
「あのっ」
ローゼの呼びかけに、ディルクと馬番が振り向いた。ふたり、顔を見合わせて一歩前に出たのはディルクのほうだ。
「ローゼじゃないか。どうした? 今日は休暇か?」
いつも乗っている黒毛の馬に手を掛けた状態で彼はローゼを振り向く。メイド服でないときに相対するのは初めてで、彼は眉を寄せてまぶしそうにローゼを見つめた。
「ええ。初めていただいたお休みなんです。あの、それで、私、実家のほうに様子を見に行きたくて。……馬を貸してはもらえないかと」
「えっ、ローゼさん馬に乗れるんですか?」
驚いたのは馬番である。ローゼは「ええ」と言いながら、笑顔を絶やさない。
ディルクを追うには馬が必要なのだ。ここはなんとしてでも押し通さなければ。



