「そうだ。しかし、パウラ夫人は君のことを知らない。娘は死んだものだと思っている。まあ、順序だてて話すよ。かなり衝撃的な内容だから、心構えだけはしてほしい」
ディルクは相当心配なようで、顔を歪ませている。
泣いたり笑ったり怒ったりと感情豊かなローゼではあったが、普段は無表情なほうが多いディルクに心配そうな顔を見せられて、逆に冷静になってきていた。
「大丈夫です。……覚悟は今できました」
「……こっちへ。落ちついて話そう」
ディルクは彼女の手を取り、ベッドへと引っ張っていった。彼女を座らせ、自分はひとりがけの椅子を持ってきて、真向かいに座る。そして彼女の手を、両手で包み込んだ。
「今の君が、このままで十分幸せなことは分かっている。けれど、その幸せが危うい柱の上に立っていることを、まずは理解してほしんだ」
ディルクの形の良い唇から、紡がれたパウラ夫人の過去に、ローゼは背筋がぞっとした。
アンドロシュ子爵の変質的な愛情と狂気、それを受け入れるしかなかったパウラ夫人の絶望。
「ひどい」
赤ん坊を殺そうとしたくだりまでいくと、ローゼは恐怖で目をつぶった。
自分が今生きていることが奇跡だったのだと思い知らさせる。
ディルクはそんな彼女が再び目を開けるまで、手を握りしめたまま辛抱づよく待った。
沈黙を不思議に感じて、ローゼがそっと目を開けると、沈痛な眼差しのディルクがぽそりと付け加えた。



