『なにそいつ……! 股間蹴り上げてやればよかったのに』と眉を吊り上げた菜穂とは違って、涼太は『気のせいじゃねーの。おまえ相手に痴漢とか』と、ありえないとばかりに鼻で笑ってたのに。

そのときの涼太の顔ときたら、思い出すだけでムッとしてしまうくらいに憎たらしかったのに。

もしかして、この体勢はその話を覚えていての行動なんだろうか、と思い見ている先で、涼太は隣に立つサラリーマンの様子を眺めていた。

まるで、安全かどうかを警戒しているような涼太に、ふっと口元が緩む。
ドアと涼太に挟まれている今の状態なら、誰かに触られるという可能性はゼロだ。

「本当に素直じゃないよね」
「は? なにが」

ぼそっと言うと、眉をしかめた顔で見られたからじっと見上げ笑う。

「ううん。ありがとうって言おうとしただけ」
「……なにが」

「だから、私がこの間、触られた気がするとか話したからそれを気にして……」
「なに勘違いしてんだか知らねーけど、俺はひとりで乗る時もだいたいここだし、それだけだ」

そう言い、ぷいっと顔を背けてしまった涼太に、まったく……とこっそり笑みをこぼす。

「涼太が中学の頃は、痴漢に遭うのは涼太のほうだったのにね」
「んなわけねーだろ」
「え、忘れたの? バスで通学中に涼太、サラリーマンに触られて殴りかかって……」
「いい加減黙らないと、その口塞ぐからな」

ギロッとした目つきで見られ、「はいはい」と適当に返事をする。