「香澄、帰って来るの何時頃になるかな?」

私は横で机に突っ伏しているタケルに聞いた。

「そうだな。バスがあの頃と本数が同じようなら、もう帰ってるかもしれないよ」

タケルの言うように、村から町方面へのバスは朝と昼しかない。

昼のバスに乗ったのなら、もう帰り着いていてもいい頃だった。

「じゃあ、帰ろうか」

「そうだな」

私たちが本を元の位置にしまって帰ろうとすると、司書の男が目の前に立った。


「あ、ありがとうございました」

私は一応、お礼を言った。

「調べていたことはわかったのか?」

「いえ…」

「そうか」


「子守花とか言ったか?」

「ええ」

「私も、以前だが、都内の図書館はたくさん回った。でもその花のことは読んだ記憶がない」

「そうですか。やっぱり、地元でしか呼ばれていない名前だからかもかもしれません」

「じゃあ、地元の図書館か郷土資料館に行くんだな」

「そうですね。それしかないのかも」


男は一呼吸置いて言った。

「もう来ないのか?」


「え?あ、ここにですか?」

男は無言だった。


「…多分」

「そうか」

そしてタケルの方を見て言った。

「おまえはいいな。ずっとその娘といるのか?」

「…」

タケルは何も答えなかった。


「まあ、私もここにいるのが不幸なわけじゃない。本は好きだからな」

司書の男はそう言って去っていった。

私は男の言った言葉に違和感を感じたが、その背中に向かって頭を下げた。



図書館から出て、振り返ると昨日と同じ場所に司書の男が立ってこっちを見ていた。

私がまた一礼すると、男は片手をそっと挙げた。

本が好きだからと言ってもずっと図書館か…

司書という仕事は、読むことより、書きたい方になった今の私には無理な気がした。