「そ、そんなことよりちゃんと私の名前覚えてる?」
早口になりながら、風で乱れた髪の毛を右耳にかけた。
「山田だろ」
「ふざけんな」
「はは」
大人びているくせに無邪気な津崎の笑いかた。
……本当に、なにも変わらない。胸がぎゅっとして苦しくなる。
すると津崎はおもむろに立ち上がって首を左右に鳴らす仕草をしながら「じゃあ、俺行くわ」と帰ろうとした。
「え、もう?」
ひき止めるように私も立ち上がると、目の前が急に暗くなって体がよろけてしまった。その瞬間、グイッと手を掴まれて気づけば私は津崎の胸に引き寄せられていた。
「あぶねーな。海に落ちたらどうすんだよ」
そんな声もぼんやりとしか聞こえないほど、自分の心臓の音がうるさい。
鼻を通り抜けるのは心地いい香り。津崎は香水なんて付けていないのに、当時からとてもいい匂いがした。
それは津崎の匂い、としか表現ができないのだけど、そういえばいい匂いと感じる人は自分と遺伝子レベルで相性のいい人だと聞いたことがある。
自然とまぶたを閉じてしまいたくなるような、安心する私の好きな匂いだ。
「いつまで寄りかかってんの?」
すでに津崎は手を離しているのに、私の体勢はそのまま。
「ご、ごめんっ!ちょっと寝不足でよろけた」
恥ずかしさで、声が上擦りそうになってしまった。
ただでさえヘンだって思われているのに、また良くない印象を持たせてしまうところだった。



